音楽と、風景と、身体と「語り継がれる神話たち――200番目のジュピターによせて」

音楽と、風景と、身体と「語り継がれる神話たち――200番目のジュピターによせて」

2023.05.19 エッセイ 堀朋平エッセイ 堀 朋平

“天空”をめざすフィギュアスケート選手に見入ってしまうのは、“地上”にない楽園への想いゆえでしょうか。その傾向は、とくに天/地の分断がはっきりした国で強いのかもしれません。中国で話題をよんだ李玉剛ユー・リーガンの《羽生》という歌(2022年)は、古来の「神仙」神話になぞらえつつ、羽生結弦の雄姿を讃えています。地に落ちる羽、風巻きあげる眉根、氷上に描かれた龍のごときカーヴ……。

“個人の感想”に終わらせることなく、すばらしいものに皆で熱狂するには、なにかの「神話」が必要です。知らず知らずのうちに万人の生活を支えてくれる、ぶあつい物語のこと。もしそれが今の日本に希薄であるとすれば、クラシック音楽に答えを問うてみるべきかもしれません。「私たちには神話が欠けている」。気鋭の思想家シュレーゲルがそう書いたのが、ちょうど1800年。歴史のどんづまりにあって、いったい私たちは何をしたらよいのか、何ができるのか?この危機意識は、音楽家のあいだにも急速に広まっていきました。

そんな時に讃えられたのが、ご存じ、モーツァルト最後の交響曲《ジュピター》。ローマ神話の最高神の名を冠されたその輝かしい威容は、時を超えてよみがえり、作曲家たちを奮い立たせます。そして神話とは反復されるもの。同じく曇りなきハ長調で書かれたシューベルトの《ザ・グレート》は、悩めるR.シューマンを熱狂させ、やがて第1交響曲《春》の原動力となるのです。殺伐とした冬の時代に“春”をもたらし神話。ジュピターをいただく当ホールはこの理念を受け継ぎつつ、「神々=アーティストたち」の降り立つ楽堂でありたいと願っています。

ところで、シューベルトがかかわったナンセンス協会の水彩画では、ときにジュピターは病気で寝込んでしまったり、愛鳥マヒワが古いパンを食べてえた空気を尻から発出したりと――そんな伝承はありません!――デタラメ神話のネタにもなりました(☞拙著『わが友、シューベルト』序章)。神は笑いを愛するもの。賑わしきひと時も、われらがホールの歓迎するところです。

ジュピター200号掲載記事(2023年5月11日発行)

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プロフィール

住友生命いずみホール音楽アドバイザー

堀 朋平

住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学ほか講師。東京大学大学院博 士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッ シング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデ ュッセイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋 社、2012 年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシ ング、2017 年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解 釈』(音楽之友社、2016 年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。

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