音楽と、風景と、身体と「くりかえす日本の夏」

音楽と、風景と、身体と「くりかえす日本の夏」

2021.07.15 エッセイ 堀 朋平

夏。それは何の予告もなく一挙にやってくる。昨日までの重い大気が嘘のように吹き払われて、さぁ飛んでごらんとばかりの青い空……。私にとっての原風景は、パシャッと撥ねる水に、じんわり汗が染みた文庫本。たった2か月間で終わってしまうのに、その風景はまるで永遠のように強烈です。

おもえば「夏と永遠」というのは、日本人にとって王道のカップリング。武満徹の音楽がすばらしいドラマ『波の盆』(1983)とか、秋吉久美子のファンになること請け合いの映画『異人たちとの夏』(1988)なんかが思い出されます。大人と子供がいっしょに楽しめる映画が夏休みに封切られるという事情もあって、ふっと時間が逆戻りするノスタルジーや、「この命」が終わることなく繰り返される(いわゆるループする)感覚に、昭和の夏は格好の書割となったのでした。それは平成にも令和にも受け継がれています。けぶる蚊取り線香には、1000 年の記憶が揺らめいているのかも……。これに対して西欧のループ作品の季節は、しいて言えば初冬や初春が多い気がします。テーマも、反復を肯定するのではなくて――キリスト教の影響もあるでしょう――「悪しき反復からどうやって逃れるか」という問題設定が目立ちます。いうまでもなく『ファウスト』がそうですし、最近だと、ジョージ・フロイドさんの問題を扱いながら現状の変革を強く訴える『隔たる世界の二人』(2020)という米国の短編映画が印象的でした。

過去は、身をゆだねて繰り返すものか、それとも未来にむけて変革するものか? 世界がおしなべて善だったら、こんな問いも生じないのに……などと考えはじめると、かたわらの本も汗でぐっしょり、どんどん厚くなっていきそうです。

そういえば当ホールの前ディレクターは、かつて大学院入試の西洋音楽史の論述で、「音楽と夏をめぐって論じなさい」という出題をしたことがあったとか。この答案を読んだら、あっちからツカツカやってくるかもしれません。「君ね、これじゃ映画と夏じゃないの」って。

ジュピター189号掲載記事(2021年7月15日発行)

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プロフィール

住友生命いずみホール音楽アドバイザー

堀 朋平

住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学ほか講師。東京大学大学院博 士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッ シング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデ ュッセイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋 社、2012 年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシ ング、2017 年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解 釈』(音楽之友社、2016 年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。

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