音楽と、風景と、身体と「内面を覗かせたい人」

音楽と、風景と、身体と「内面を覗かせたい人」

2023.03.23 エッセイ 堀朋平エッセイ 堀 朋平

桜のつぼみも膨らんで、心もほころぶ昨今――と書き出したいのですが、この巻末エッセイの原稿〆切は皆さまのお手にとどく2か月前。なので1月中旬を思い出してください。ちょうどあの生中継があった頃です。ご存じ、藤井聡太 vs. 羽生善治の対局。楽し気に話題をとばしてくれる佐藤天彦さんの解説に乗って、将棋はちんぷんかんぷんな私も、ずっと「ながら聴き」をしていました。

なんでも、試合後に対局者みずからが棋譜を再現して注釈しあう「感想戦」というのがあるそうですね。手の内を暴露しすぎるのを警戒する棋手も多いなか、藤井聡太王将はかなり素直に語るタイプとのこと。そのあんばいは測りかねますが、これは音楽でいうと「雄弁なリハーサル」に近いかもしれません。とくに大勢でつくる音楽の場合、リハを覗けるのは何ものにも代えがたい学びの機会です。なにせ、複雑なスコアをもとに「複数ありうる音の姿」から一つが、言葉を介して選ばれていくプロセスに居合わせられるわけですから、楽譜をめくる見学者の手も汗ばんでくる……。

作家で手の内をさらす最右翼といえば村上春樹でしょうか。加齢とともに「僕」という一人称が気恥ずかしくなったため、三人称を採用するようになったと自ら衒いなく語る作家です。長篇小説は、強烈に浮かんでくる謎めいたタイトルに導かれて肉付けしていく。なので『騎士団長殺し』のモーツァルトは最初から念頭にあったわけではないようです。「やれやれ」と現実を受け流すモードは、どうやら安岡章太郎などの先輩世代から受け継いだ産物であるらしい。彼ら――いわゆる第三の新人とよばれる――先輩世代は、戦後の文学界を席巻した大岡昇平などの重い実存主義に対抗して、気弱な男による語りを洗練させたのでした。

ともかく作者その人の語りから、作品の舞台裏を、ときにはその心理の裏の裏までをも推理できるのはじつにエキサイティング。だってそれは演奏家や研究者が日々おこなっていることですから。シューベルトたちの周囲に広がる小世界を描くとき、じつは江戸川乱歩が描く100年後の日本が脳裏に浮かんでいました……なんて問われていないのにスイスイ喋りたくなる私も、大きくいえば藤井聡太タイプなのでしょうか!?

ジュピター199号掲載記事(2023年3月15日発行)

プロフィール

堀 朋平

住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学ほか講師。東京大学大学院博 士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッ シング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデ ュッセイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋 社、2012 年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシ ング、2017 年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解 釈』(音楽之友社、2016 年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。

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