音楽と、風景と、身体と「歴史と解放――本棚を斜めから(2)」

音楽と、風景と、身体と「歴史と解放――本棚を斜めから(2)」

2023.02.14 エッセイ 堀 朋平

歴史(つまり過去の積み重ね)にナイーヴでいられた時代から、歴史に忠実であろうとした時代をへて、歴史が重荷であることに気づいた時代へ――こんなダイナミズムに、19世紀の音楽は、もしくは思想史は貫かれていたような気がします。ロマン派を「えい」と大づかみにしたためでしょうか、などと洒落めかしつつ、あれこれ考えていますので、しばしお付き合いください。

たしかに、現在の私が毎朝おきて服を着て、まぁまぁちゃんとした(?)文章を書いて、といったことを平然とおこなえるのも、歴史に裏打ちされた正当な「自己の起源」なるものに支えられてのことですが、その起源がもし大規模に捏造されていたとしたら? なにも映画『ブレードランナー』などのSFに限りません。現実にあげしおだった頃のドイツが、総力をあげて国家の起源を正当化しようとしていた時代に、そんな時代にさからって――反時代的に――「歴史は人を毒する」と書いたニーチェの言葉の重みを思うと、ネクタイをしめる手の動きもおもわず止まってしまいそう。歴史から解放されたいという願いは狂気と紙一重ですが、そんな激しい胎動は19世紀前半の音楽からも感じられます。

でも、「じつはこんな世界もあるよ」という解放をもたらしてくれるのも歴史なのです。“生から死の闇へ”という一本線だけでない、はるかに多様な時間意識が古今東西には満ち満ちているよ。ヒトの行いは遺伝子の働きにがっちり規定されているけれども、そんな呪縛を「れっかい」する契機も、自我の起源にはそもそも孕まれているんだよ――この4月に84歳で亡くなった社会学者・見田宗介(=真木悠介)の著書『時間の比較社会学』と『自我の起源』は、宗教・哲学・生物・文学などの諸分野を大きく横断しながら――分類しようもない本、とご自身で評している――世界の途方もない広がりを教えてくれます。なので全てを理解するのは難しいけれど、武者震いする歴史書であるのは確か。こういう本をこそ、学生たちと授業で読むとよいだろうなぁ、と思わずにいられません。とんでもない卒論が量産されたりして……。

ジュピター198号掲載記事(2023年1月12日発行)

プロフィール

堀 朋平

住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学ほか講師。東京大学大学院博 士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッ シング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデ ュッセイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋 社、2012 年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシ ング、2017 年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解 釈』(音楽之友社、2016 年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。

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