音楽と、風景と、身体と「↓↘︎→+P」
2022.09.14 エッセイ 堀朋平エッセイ 堀 朋平
大きくみれば、新幹線に少しずつ人がもどり、おしゃれさんが街を賑わすようになってきた気もします。そんな空気のおかげでしょうか。10年も着ているTシャツがふと恥ずかしくなって、カタカナの量販店に出かけてみました。侮るなかれ、1500円でじつに楽しい世界をまとえるので、4枚も買い込んでしまった。でも「命を守れ♡」といったメッセージを身に着けるのは、すこし重い。なるべく無思想なデザインを探して、いちばん気に入ったのがタイトルの記号列。
これ、なんだと思われますか?『ストリートファイター2』(通称ストツー、1991年)というゲームで必殺技を出すコマンド入力だと、後で知りました。ああ、高1の夏休みに友達の家に入り浸って徹夜でプレイしたあれ。波動拳!!!
それ以来、へんな脳内スイッチが入ってしまったようで、道を曲がるときにも空気ハンドルを切ってしまう(そっと、ですが)。
音楽もゲームっぽく聴くようになってしまった。ハイドンのカラッとした凹凸から、平原をゆくマリオの雄姿が目にうかぶ。モーツァルトの“笑い”に、ジャンケンポンの動きをみる(ビリヤードやボーリングやサイコロは、この人の楽しみでした)。あるいは複雑な現代音楽に、積乱雲が生まれる一瞬のざわめきを聴く、などなど。げんに、先日いずみシンフォニエッタ大阪の定期演奏会(7月2日)で上演されたクセナキス《リネア-アゴン》(1972年)では、神々のバトルが――カードゲームのように――再現されていて、無敵のアポロが敗れる爽快なシーンに立ち会えました。19歳のシューベルトも「人間はボールの戯れだ」なんて書いているとおり、まさしく音楽は一幕のゲームなのかもしれません。
ありえたかもしれない別世界を楽しめるのがゲームの魅力。でも、そうした“今とはちがう世界”を想定してこそ、かえって“今のこの世界”がすばらしく輝いてくるのは、こころ震わせる逆説ではないでしょうか。そのことに気づかせてくれたのが『シュタインズ・ゲート』(2011~2018年)。ゲームから生まれたアニメです。仲のよい男友達が、もし女だったら?あの街並みがまるで別のものだったら?――たくさんの“タラれば”を往復できる自閉ぎみの主人公が、やがてタイムリープの深みに入ることで、かけがえのないこの世界に気づいていきます。
こういうフィクションに現実の人間関係を当てはめてニヤニヤするのもやめられません😀
ジュピター196号掲載記事(2022年9月14日発行)
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プロフィール
住友生命いずみホール音楽アドバイザー
堀 朋平
住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学ほか講師。東京大学大学院博 士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッ シング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデ ュッセイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋 社、2012 年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシ ング、2017 年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解 釈』(音楽之友社、2016 年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。
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