音楽と、風景と、身体と「人が輝くホールに」

音楽と、風景と、身体と「人が輝くホールに」

2022.11.10 エッセイ 堀 朋平

「私はこの原稿を近所のコーヒーショップで書いています。これまでに執筆した本や記事も、すべてこの店の小さなテーブルで書いてきました。住み慣れた自宅の書斎や職場である大学の研究室で、仕事をすることができないのです。」

敬愛する美学者・伊藤亜紗さんの『記憶する体』(春秋社、2019年)の一節です。あぁ、データなしではペンが走らない、開いた書物が見つめてくる狭き部屋こそ我が住処……そんな旧きガクシャ体質の筆者にとって、人波に身をひたすことで感性をみずみずしく解き放てる書き手は、心底あこがれ。

しかし。軽やかな日々がついに訪れました!当ホールの「シューベルト交響曲全曲演奏会」(9/8~12)です。いくつかの出張がさらに重なって、夏はなんと20日間のホテル住まい。記者さながらにリハーサルの現場レポートなども書きましたので、あこがれの生態にだいぶ近づいた気がします。匿名的な騒めきにあってこそ、筆よ走れ――。

騒めくホワイエでお客さんと、楽屋でアーティストやマネージャーさんと交わす談話では、人がなんと輝いていたことか。音楽を支える「人」は、いわば三位一体です。なによりお客さんにキラキラしてもらうのが究極目的。これに加えてアーティストに「また来たい」と思っていただくのも、ホールの大事な使命だと最近思います。最後にスタッフ。どんなにすぐれた“場”も、“働く人”が輝いてこそ、はじめて存在価値をもちます。舞台裏から今回つくづくそう感じていたところ、山田和樹さんもまさにこの点をメールで書いてきてくれました。『音楽の友』11月号にも掲載予定とのことですが、ぜひ引用させていただきます。「いずみホールは、屈指の音響と共に、情熱的かつ献身的なスタッフによって運営されているので、一つの奇跡のホールとも言える素晴らしさが詰まっていると思う。(…)今回のシューベルト連続演奏会のように、いずみホールでしか実現できない企画に出逢えて、それに参画できたことは、大袈裟ではなく、生涯の幸せの一つになった」。

この夏の体験を経て、1年生アドバイザーは揺るがせにできぬ信念にいたりました――で働く、仲間たちがずっと輝けるホールであれ。これなくしては、どんな金言も泡のようなものです。

ジュピター197号掲載記事(2022年11月10日発行)

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プロフィール

住友生命いずみホール音楽アドバイザー

堀 朋平

住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学ほか講師。東京大学大学院博 士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッ シング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデ ュッセイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋 社、2012 年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシ ング、2017 年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解 釈』(音楽之友社、2016 年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。

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