ピアニスト 萩原麻未 インタビュー</br>ピアノがひらく、音の向こうの豊かな情景</br>──色と香りの夢想を紡ぐ傑作《スペインの庭の夜》でいずみシンフォニエッタ大阪と共演!

ピアニスト 萩原麻未 インタビュー
ピアノがひらく、音の向こうの豊かな情景
──色と香りの夢想を紡ぐ傑作《スペインの庭の夜》でいずみシンフォニエッタ大阪と共演!

2024.05.24 インタビュー 山野雄大

住友生命いずみホールを拠点に、大阪と世界をつなぐ室内オーケストラ〈いずみシンフォニエッタ大阪〉。7月13日に開催される第52回定期演奏会は《スペインの風景―庭から望む森》と題してお届けします。近現代スペインの個性豊かな作曲家たちが、カラフルな幻想美を響かせる傑作の数々‥‥アルベニスの人気ピアノ曲《アストゥリアス(伝説)》を、現代作曲家が室内オーケストラのために編曲したもの(!)など他では聴けないプログラムで、愉しくも新鮮なひとときをおおくりするコンサートです。
なかでも注目は、20世紀スペインを代表する巨匠ファリャ(1876~1946)の名品、交響的印象《スペインの庭の夜》(1915年)。ピアノ独奏とオーケストラで描かれる全3楽章、まずは豪奢なイスラーム建築と美しい庭園の映えるヘネラリーフェの光景から、コルドバの丘に広がる宮殿跡の庭園を描く終楽章まで、花々の香りと舞踏の夢想を紡ぎ織る、素敵な作品です。
この《スペインの庭の夜》でピアノ独奏にお迎えするのは、人気ピアニスト・萩原麻未さん。フランス留学中の2010年、第65回ジュネーブ国際音楽コンクールのピアノ部門で優勝(日本人初)に輝いて以来、その明晰な色彩感としなやかな表現力で賞賛され続けてきたピアニストです。

スペインの音風景に、フランスも密かに融けて‥‥

「ジュネーブ国際音楽コンクールでは、ラヴェルのピアノ協奏曲を弾いたんですけれども、ラヴェル作品もある意味で、ピアノ独奏がオーケストラの一員となった感覚で演奏できる作品だと感じました。オーケストラの各楽器とピアノ、それぞれの特徴が違うからこそ、お互いが生かされてゆくようなコンチェルト。―そして、今回はじめて弾かせていただくファリャの《スペインの庭の夜》もやはり、ピアノの存在がオーケストラの中に溶けこんでいるようで、ピアニストも楽団の一員になれるような感覚もある作品ではないかと思います。風が吹いたら木々の葉のざわめきが聴こえてきたり‥‥風景の中で一体化しているような」

ファリャはこの曲に〈交響的印象〉という副題をつけており、ピアノが終始ソロとして活躍するものの〈ピアノ協奏曲〉とは記していません。萩原さんの仰るように、独奏ピアノが存在感を響かせながらも、オーケストラと融合しながら音の風景を紡いでゆく‥‥という、細やかな筆致がまた素晴らしい作品です。
スペインの作曲家が、スペインの光景を音で描いている作品‥‥なのに、あちこちでドビュッシーなどフランス音楽の影響も聴こえてくるのは、「ファリャがこの作品を書き始めたのが、パリ滞在中だったんですよね。書き終えた頃にはスペインに戻っていましたが」と萩原さんも仰るように、ファリャがパリ留学で身につけた表現も大きかったことでしょう。ほかでもない萩原さんも、高校卒業後にフランスへ渡り、ファリャの暮らした100年後のパリで学んだかた。「私はフランス音楽もよく演奏させていただいているので、この《スペインの庭の夜》にも入り込みやすい印象を持ちました」

これを今回は、ピアノ独奏と室内オーケストラのために(いずみシンフォニエッタ大阪のため、新たに!)編曲したヴァージョンでお聴きいただきます。既に当団のために数々の編曲も手がけて好評を博してきた鬼才作曲家・川島素晴さんは、これまでの編曲でも、原曲の色彩感や薫りを損なわずちゃんと残しながら、オーケストラ・パートを小編成用に編み直すという、巧みな技をみせて絶賛されてきました。きっと今回の《スペインの庭の夜》新版でも、アンサンブルの全員がソリストとしての魅力も発揮する、いずみシンフォニエッタ大阪ならではの音楽を新たに作り出してくれることでしょう(もちろん、萩原さんが弾かれる独奏ピアノのパートは原曲通りです!)。

音楽を超えて、見えてくる情景

そんな萩原さん、ファリャ作品を弾くのは今回が初めてだと仰るけれど、「以前からスペイン音楽にはもっと近づきたいと思ってきました。日本のレストランで以前、たまたまフラメンコ・ダンサーのかたとお会いしたことがあって‥‥」と、スペインとの意外なご縁を語る萩原さん。「行きつけの小さなレストランで夫と食事をしていたら、長嶺ヤス子さん[長年スペインでフラメンコ・ダンサーとして活躍、帰国後も日本の古典と現代舞踊を融合させるなど独自の境地を開拓している舞踊家]が話しかけてくださって。そこからご縁ができて踊りを観にいかせていただいたり‥‥」と、世界で高く評価されてきたスペイン舞踊の大家から、芸術家として刺激を受けてきたといいます。

「実際のスペインには一度、バルセロナへ行ったことがあるだけなんですが‥‥私はモンポウ[ファリャの次世代にあたる20世紀スペインの作曲家で、内省的で美しいピアノ曲を多く残した]も凄く好きで、彼の《歌と踊り》はリサイタルでも弾かせていただいています」という萩原さん。いよいよファリャ作品もレパートリーに入るのは、ファンにとっても待望の展開と言えましょう。

「今回の《スペインの庭の夜》は、ファリャの他の作品のように〈思わず踊りたくなるような音楽〉というよりは逆に、〈情景を愉しむような美しさ〉のある音楽ですね。―ファリャといえば、華やかでエッジの効いた音楽という印象があったんですけれども、この《スペインの庭の夜》を初めて聴いたとき、素直に『美しい作品だな』と思いました。繊細さはもちろん、音楽を超えてなにか情景が見えてくる作品だと感じますし、そこをとても愉しみにしています」

どこか、作曲家ファリャの心の内面を通してみた、幻想のスペインの風景‥‥といった趣も感じられる《スペインの庭の夜》。派手ならぬ奥ゆかしさもあってか、傑作として名ピアニストたちの録音も数多いにも関わらず、実際の上演は機会が限られてしまうのが、たいへんに惜しまれる作品ですから、今回の実演はぜひお聴き逃しなく。

「いずみホールも本当に素晴らしくて‥‥舞台上で演奏していてとても心地良いですし、客席で聴いているときと舞台での差をあまり感じないんです。落ち着いて舞台に向かえますし、はじめの一音を弾く瞬間から楽しみという、演奏させていただくたびに感動する場所なんです」

その美しいホールへ、萩原さんとオーケストラが満たしてゆく、スペインの豊かな音幻想──どうぞお楽しみに。

 

ジュピター206号掲載記事(2024年5月16日発行)

プロフィール

Mami Hagiwara

萩原麻未

2010年第65回ジュネーヴ国際コンクールで日本人として初めて優勝。第27回パルマドーロ国際コンクールにて史上最年少の13歳で第1位。パリ国立高等音楽院及び同音楽院修士課程、パリ地方音楽院室内楽科、モーツァルテウム音楽院卒業。広島市民賞、第13回ホテルオークラ音楽賞、第22回新日鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞、第22回出光音楽賞、文化庁長官表彰(国際芸術部門)、第46回東燃ゼネラル音楽賞(奨励賞)など多数受賞。

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プロフィール

Takehiro Yamano

山野雄大

『レコード芸術』『バンドジャーナル』など雑誌・新聞での執筆、インタビュー取材をはじめ、NHK・FM「オペラ・ファンタスティカ」他ラジオ・テレビ出演も。第一生命ホールでのコンサートシリーズ《雄大と行く 昼の音楽さんぽ》ナビゲーターを務めたほか、コンサート解説、歌詞対訳、ONTOMO MOOK『バレエ音楽がわかる本』など寄稿あれこれ。日本製鉄音楽賞選考委員ほか。

関連公演情報
新・音楽の未来への旅シリーズ
いずみシンフォニエッタ大阪
第52回定期演奏会
「スペインの風景──庭から望む森」
2024.7/13㈯ 16:00
15:30~プレコンサート
15:45~プレトーク

飯森範親(指揮)、萩原麻未(ピアノ)、福川伸陽(ホルン)

I.アルベニス(I.Dobrinescu編):スペイン組曲より“アストゥリアス”
E.グラナドス(J.Choe編):12のスペイン舞曲集 op.37【弦楽合奏版】より
第3曲 ファンダンゴ/第5曲 アンダルーサ
第9曲 マズルカ ロマンティカ
M.ファリャ(川島素晴編):スペインの庭の夜
J.ロドリーゴ:ある庭園のための⾳楽 [日本初演]
B.カサブランカス:…灰⾊の森が彼の下で揺れ動く(ホルンと室内管弦楽のための室内協奏曲 第2番)

一般¥5,500 U-30¥1,000
ユースシート

文化庁芸術文化振興費補助金 劇場・音楽堂等活性化・ネットワーク強化事業(地域の中核劇場・音楽堂等活性化)独立行政法人日本芸術文化振興会

大阪市助成公演

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新・音楽の未来への旅シリーズ<br>いずみシンフォニエッタ大阪<br>第52回定期演奏会<br>「スペインの風景──庭から望む森」
関連公演情報
新・音楽の未来への旅シリーズ
いずみシンフォニエッタ大阪
第53回定期演奏会
「五大陸を巡るシン音楽漫遊記」
2025.2/15㈯ 16:00

飯森範親(指揮)、古部賢一(オーボエ)、東口泰之(ファゴット)

アフリカ~マイケル・ブレイク:クウェラ
アメリカ~ヴィラ=ロボス:ファゴットと弦楽合奏のための7つの音のロンド
ヨーロッパ~ブーレーズ:Derive Ⅰ
オセアニア~カール・ヴァイン:オーボエ協奏曲
アジア~室元拓人:委嘱新作(関西出身若手作曲家委嘱プロジェクト第10弾)

一般¥5,500 U-30¥1,000
ユースシート

文化庁芸術文化振興費補助金 劇場・音楽堂等活性化・ネットワーク強化事業(地域の中核劇場・音楽堂等活性化)独立行政法人日本芸術文化振興会

大阪市助成公演

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