音楽と、風景と、身体と「日本史をさすらう」

音楽と、風景と、身体と「日本史をさすらう」

2024.01.15 エッセイ 堀 朋平

わが国で最古のさすらい人は誰でしょうか?西行さいぎょう法師(1118-90)は5本の指に入りそうです。りっぱな鎌倉武士が23歳にして僧となった理由はいまも謎ながら、津々浦々をめぐる暮らしのなか草庵を編み、歌を詠みました。月を詠じたものは400首にのぼるそうで、秋の歌がいちばん多いのですが、冬も味わい深い。

「木の葉散れば 月に心ぞあらはるる 深山みやま隠れに住まんと思ふに」(『山家集』)。世を忍んで暮らしたいのに、枯れ木をとおして照る月が、揺れるわが心を見透かしてくるようだ……。夜空を照らす朧な光にほとけすら見た詩人を、あまりロマンティックに読むのは要注意ですが、この一首はロマン派にも通じていないでしょうか。「わたしは物悲しいのに、きみは穏やかだね」、そう月に語りかけながら夜道を往くシューベルトの《さすらい人が月によせて》(D870)が浮かんできます。

鎌倉の詩人がもてあました「いかにかすべきわが心」は、かつてなく深い煩悶だったのかもしれません。その点を掘り下げたのが小林秀雄(1902-83)のエッセイ『西行』でした。悩める僧侶の胸にひろがる“青”色のかなしみは、小林のいう──あまりに有名となった──モーツァルトの「疾走するかなしみ」にも通じています。そんな色彩をめぐる「直観」の光に、昭和の批評家は導かれたのでしょう(新潮文庫版『モオツァルト・無情という事』によせた江藤淳の解説が啓発的です)。

ところで上に引いたシューベルトのさすらい人は、「故郷喪失(heimatlos)」を嘆きながらもラストで明るく前を向きます。いつも天という住まいにある幸せな月よ、きみのように歩んでいきたいと。いっぽう、関東大震災後の激変を避けるように鎌倉に居を移した小林秀雄は、文壇のめまぐるしい変化に疲れてこんな喪失を書きつけます。「故郷という言葉のはらむ健康な感動は(…)自分の何処を探しても見つからない」(「故郷を失った文学」、1933年)。が、やがて「僕の血のなかにある」「伝統」(「文学の伝統性と近代性」、1936年)をたよりに歩んでいきました。 さすらい人のかなしみが明転する日は、ふいにやってくるのかもしれません。

(前々号「世界史を学びなおす」を承けて)

ジュピター204号掲載記事(2024年1月11日発行)

プロフィール

住友生命いずみホール音楽アドバイザー

堀 朋平

住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学・九州大学ほか非常勤講師。東京大 学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリ ッシング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデュッ セイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋社、2012 年)、 訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシング、2017 年)、共訳 書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解釈』(音楽之友社、2016 年)、ボ ンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。

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