音楽と、風景と、身体と「世界史を学びなおす」

音楽と、風景と、身体と「世界史を学びなおす」

2023.09.22 エッセイ 堀朋平エッセイ 堀 朋平

オクテなので、高校時代にはめざましい学びの記憶がありません。勉強したといえるのは、地力じりきでもそれなりに伸びる英語と国語くらい。音大の受験科目も得意なことばかりでしたから、めんどくさい勉強はスキップしてしまえたのです。

ともかく好きなことをひたすら掘っていたい性格なので、江戸の暮らしとかウィーン体制とか、真田氏の居城とかにだけ、やたら詳しい人間ができあがる。そんな私が最近ハマっているのが、見慣れぬカタカナと数字ばかりで敬遠してきた世界史です。きっかけは今年度、一般大学でひろく芸術学を講じていること。毎年ちょっとずつ異なる教育の場は、教師の知のスタイルを更新してくれます。

たとえば「芸術と友情」の歴史をさかのぼってみる。「古代ギリシアのアテナイでは、市民の戦士が一丸となって、専制的なペルシア帝国を破ったことから、みんなで酩酊しあって芸術を楽しむ“友愛”の情がはぐくまれた。これはやがて後期のプラトンに乗り越えられ……」なんてことを200人に講じるわけですが、ことがらを自分のなかで嚙みくだいて納得したうえでないと、伝わるわけがない。こうして再度ひもとくことになった世界史は、数か月前まで受験生だった人たちにも伝わりやすい“共通語”です。

さて物の本によれば、アテナイ市民の戦士には「重装歩兵」と「無産市民」がいた。重装歩兵は、みずから鎧を買いそろえる財力のある層が担いました。ではムサンシミンってなに? 世界史の深掘りがはじまります。ギリシアの豊かな海と小高い山。そのどちらにも住まうことができず、したがって鎧など買えるはずのない層が、しかしペルシアとの海戦では半裸の汗みどろで三段櫂船さんだんかいせんをこぎまくり(船をこぐのに鎧は邪魔ですから)勝利に貢献して褒めたたえられる。そんなドラマがあったようです。

青々とひろがる2500年前の地中海……そこでも歴史・地理・政治・芸術が結びあって大きな流れをなしていたのです。こんな調子で、あらゆる時代と地域を学びなおせたら楽しそうですね。このアンテナが10代で育っていたら、ずいぶん愉快そうな“ガリ勉”になっていたかもしれません。

ジュピター202号掲載記事(2023年9月13日発行)

プロフィール

住友生命いずみホール音楽アドバイザー

堀 朋平

住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学ほか講師。東京大学大学院博 士後期課程修了。博士(文学)。近刊『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッ シング、2023 年)。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデ ュッセイ』(法政大学出版局、2016 年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋 社、2012 年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシ ング、2017 年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解 釈』(音楽之友社、2016 年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022 年)など。

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