すべての人の心に寄り添う歌声を──</br>住友生命いずみホールの“特等席”へ贈る特別なリサイタル</br>カウンターテナー 藤木大地 インタビュー

すべての人の心に寄り添う歌声を──
住友生命いずみホールの“特等席”へ贈る特別なリサイタル
カウンターテナー 藤木大地 インタビュー

2024.04.04 インタビュー インタビュー

平日の午後に音楽を楽しむシリーズ「午後の特等席」に、世界を魅了するカウンターテナーの藤木大地が登場する。住友生命いずみホールの主催公演に登場するのは3度目であるが、ソロ・リサイタルを行うのは初めて。近年は歌手だけでなくプロデューサーとしても活躍し、音楽業界の第一線を走っている。そんな彼がいまだからこそ形にしたプログラムについて、聴きどころや想いを聞いた。

寿命は短い。だからこそ、今だからできることを

「カウンターテナーの寿命はそこまで長くないんです。50歳頃を境に声がおとろえてくる歌手も多く、自分もいつ歌えなくなるのかわからない。だからこそ未来に期待し過ぎず、『今やりたいこと』に注力しています」。
カウンターテナーの藤木大地は、そう強く飄々と語る。

その言葉どおり、藤木はいま飛ぶ鳥を落とす勢いで音楽活動を行なっている。振り返ると2012年に日本音楽コンクールで史上初となるカウンターテナーの優勝を果たし、2013年にボローニャ歌劇場、2017年にウィーン国立歌劇場にデビュー。海外はもちろんのこと、日本国内ではブリテン《夏の夜の夢》オベロン役、渋谷慶一郎《スーパーエンジェル》アキラ役などで登場し、2020年に初演された《400歳のカストラート》では大役を務めるだけでなく原案から携わった。

精力的に歌手として活動する傍ら、プロデュース業にも邁進。2021年から2023年まで横浜みなとみらいホールの初代プロデューサーを務め、自ら歌うことはもちろん、国内ホール同士の連携を図ったり、国内アーティストとの共演企画を立ち上げたりした。

元々は風邪を引いたことがきっかけとなり裏声で歌ってみたところ、その歌声に可能性を見出し、2011年にテノールからカウンターテナーに転向。一方でウィーンに留学中は文化経営学も学び、一時は歌をやめようとした時期に制作やプロデュースに携わり、別の視点からの「音楽活動」にも目を向けた。

それらが一つずつ実となったいま、どんなプログラムを披露するのだろうか。

王道から委嘱作品まで幅広く

前半は、モーツァルトの合唱作品《アヴェ・ヴェルム・コルプス》に始まり、シューベルトの歌曲《魔王》、そしてメンデルスゾーンの《歌の翼に》など、クラシックのオーソドックスな作品を。そしてシューマンの女性が愛する男性と出会い、恋をして結婚し、死別するまでを描いた連作歌曲《女の愛と生涯》に続く。女声で歌われることの多い作品だが、「詩を書いたのは男性ですし、性別は関係ない。詩を俯瞰的に捉えて歌にするのが自分のスタイル」と藤木。

そして後半は藤木によって委嘱された2作品を中心にセレクト。昨年に逝去したいずみシンフォニエッタ大阪音楽監督・西村 朗の『木立をめぐる不思議』と、加藤昌則の連作歌曲『名もなき祈り』を歌う。後者の作品は、さまざまな「祈り」を語る6つの詩で構成され、そのうち3つは詩人のたかはしけいすけ、アーティストのサラ・オレイン、バリトン歌手の宮本益光に書き下ろされた。2019年に初演され、コロナ禍である2020年の再演を経て、4年ぶりに披露。初演から年月を経て、今回はどんな祈りを歌に乗せるのか。

「僕は今年で44歳になり、人生の折り返し地点にいます。すると、否応がなしに人との別れが増えてくるんです。西村先生もその一人であり、先日も立て続けに訃報を聞く機会があって。大きく捉えれば、戦争や災害の様子を思い浮かべて世界平和を想いたくなるし、一方で個人的には別れてしまった人や、いま近くにいる大切なひとを思い浮かべては祈りたくなります」。

しかし「これは個人的な祈りに過ぎない」とも付け加え、続けてこう語る。「人それぞれ、心のうちにある『祈り』は一つではないと思っています。公演に来ていただく皆さんにとっての『祈り』を感じていただければ」。

 

住友生命いずみホールの“特等席”でしか聴けないコンサート

プログラムをつくるときに意識しているのは、「聴衆の心が自然と動くような2時間にすること」。ただ自分が歌いたいから……ではなく、ホールに訪れる人々がいかにその空間で過ごせるのかを重視。ピアニストの松本和将との共演も、そんなこだわりの一環だ。

「それぞれの公演の重さに大小はまったくありませんが、特に節目となる舞台のときには僕の活動のすべてをみてきた松本さんに共演をお願いしているんです。西村先生の作品の初演も、松本さんと一緒に行いました。今回のために用意したプログラムに、今回のための共演者。そしてそこにいずみホールの響きが加わり、スタッフの皆さんもご一緒する。演奏会というのはいろんなものが合わさりあって完成するものなので、このコンサートでしか聴けないものが生まれると思います」。

自分ではなく誰かのために歌いたい、そんな歌手になった

ホールや公演に集う人々のことを心底想う、誠実な人柄が印象的な藤木。
「そもそも演奏というものは、人対人のなかで生まれるものです。音楽があるから、好きな人やお世話になった人、すでに別れてしまった人のことを思い浮かべたくなる。歌うときだって目の前にはオーディエンスがいてくださるわけですから、やはり人のことを考えたくなりますよね」。

そんな姿勢が、近年の活発な活動に表れているのだろう。カウンターテノールデビューから10年以上が経ち、自分自身にも変化があったそうだ。
「最近、演奏活動を続けて良かったと思うことがあって。中学生のときは、やはり自分が目立ちたいし、褒められたいから歌を始めたり文化祭で歌ったりしていたんですね。でも、今は自分のためではなくて、誰かのために……と思えるようになった。ちょうど10年前、ここでリサイタルをしたい…と思い始めて、そこからオペラに出演もさせていただきました。かれこれ時が経ち、変化を経たいまだからこそ、ソロでこの舞台に立てるのがうれしいです」。

美しく、あたたかく、そして心の琴線に確かに触れる藤木の歌声。おそらく暑くなるであろう夏の日の午後、私たちを安らぎの世界に導いてくれるに違いない。

ジュピター205号掲載記事(2024年3月13日発行)※掲載記事に一部加筆、修正を加えています。

プロフィール

カウンターテナー

藤木大地

2017年ウィーン国立歌劇場にライマン『メデア』ヘロルド役で鮮烈にデビュー。東洋人のカウンターテナーとして初めての快挙で、大きなニュースとなる。2012年、第31回国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクールにてハンス・ガボア賞を受賞。バロックからコンテポラリーまで幅広いレパートリーで活動を展開。 洗足学園音楽大学客員教授。横浜みなとみらいホール 初代プロデューサー(2021-2023)。

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プロフィール

音楽ライター

桒田 萌

大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウンドメディアの編集・制作を行いながら、音楽雑誌や音楽系Webメディア、音楽ホールの広報誌などで、アーティストインタビューやコラムの執筆を行っている。

関連公演情報
午後の特等席vol.8 藤木大地 カウンターテナー

恋から愛へ、そして別れ── 心に寄り添う歌声で綴る、ある女性の物語

【日時】
2024年7月2日(火)14:00開演

【出演】
藤木大地(カウンターテナー)
松本和将(ピアノ)

【曲目】 モーツァルト:「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
シューベルト:「魔王」
メンデルスゾーン:「歌の翼に」
シューマン:連作歌曲『女の愛と生涯』
西村朗:「木立をめぐる不思議」カウンターテナーとピアノのための《藤木大地委嘱作品(2015)》   
加藤昌則:連作歌曲「名もなき祈り」《藤木大地委嘱作品(2019)》

【料金】
一般¥5,000
U-30¥2,000 

公演情報はこちら
午後の特等席vol.8 藤木大地 カウンターテナー