カロル・モサコフスキ(パイプオルガン)インタビュー<br>サン・シュルピスの伝統を継ぐ者オルガンの多彩な表情を届けたい──パリの名門オルガンの伝統

カロル・モサコフスキ(パイプオルガン)インタビュー
サン・シュルピスの伝統を継ぐ者オルガンの多彩な表情を届けたい──パリの名門オルガンの伝統

2025.08.07 インタビュー

世界的に知られるパリのサン・シュルピス教会。その名器カヴァイエ=コルのオルガンを託され、祈りとともに音を紡ぐ若きオルガニスト、カロル・モサコフスキがついに初来日を果たす。伝統の継承と新たなる創造を自在に行き来するその表現の幅は、聴く者にオルガン音楽の新たな地平を示してくれるだろう。その演奏に込める想い、そしてオルガンという楽器への深い愛情を語ってくれた。

──オルガニストになった経緯はどのようなものでしたか?
私の父がオルガニストでしたので、私は生まれたときからオルガンの音に浸っていました。その頃からずっと、私はこの楽器の響きがもつ、さまざまな可能性に惹かれてきたのです。オルガンはとても大きな音で鳴らすことも、ごく弱い音で鳴らすこともできます。小さい子供からしたら、オルガンは大きな玩具だったのでしょうね。そのころ感じたオルガンで音を出す喜びを、私は自分がオルガニストになった今でも感じ続けているように思います。

祈りの舞台で響くオルガンの多彩な世界

──パリ、サン・シュルピス教会でのオルガニストとしての活動と、演奏会での活動と、それらについてお話しください。
サン・シュルピス教会のオルガニストとしての活動はふたつあります。まずミサの際の伴奏があって、これにはその日の日課や、読み上げられる聖書や、その場の雰囲気に合わせた即興演奏が含まれます。祈りを捧げる人たちのお手伝いをするのがこのお務めの役目です。それに加えて、毎日曜日に教会で演奏会を開いています。これにはさまざまなレパートリーを用意しないといけません。サン・シュルピス教会にあるアリスティド・カヴァイエ=コル製作の大オルガンは世界でもっとも有名な楽器のひとつです。このオルガンを演奏会用の楽器として毎日曜日鳴らすというのは、非常に重要な仕事になります。

こうしたサン・シュルピス教会での仕事とは別に、演奏家としての仕事があります。演奏会でも普段のレパートリーと即興とを組み合わせることを心がけています。

St.Sulpiceサン・シュルピス教会

──モサコフスキさんの演奏会のプログラムは三つの部分に分かれます。フランス・オルガン音楽の古典と、もっと新しい19世紀末から20世紀の作品と、それからいまおっしゃった通り、即興演奏が盛り込まれています。こうしたプログラムを組まれる意図は?
今回採り上げる作曲家は、全員が歴史あるサン・シュルピス教会のオルガニストでした。その意味では、これらの作品は教会の財産でもあるわけでして、それを日本の聴衆の方々にお聴かせできるというのが、まず私にとってうれしいことです。それと同時に、これらの作品の多様性、オルガンという楽器にはたったひとつの顔しかないのではなく、さまざまな能力があって、多種多様な感情を表現することができるのだ、ということを、今回のプログラムではご覧に入れたいと思っています。

即興が生む一期一会の響き

──ヨーロッパからは沢山のオルガニストが日本を訪れ、演奏会を開いていますが、即興演奏をプログラムに盛り込む方はそう多くありません。モサコフスキさんは演奏会における即興を、とても大切にしておられるのですね。
即興演奏では、その場の雰囲気に合わせて、またしばしば、聴衆の方からいただいた主題を用いて、リアルタイムで音楽を作り上げていきます。即興演奏のすばらしい点は、最後の音が消えた瞬間にすべてが消えてしまうこと、その場の聴衆と演奏家と、両方にとって唯一無二の経験となることです。また、演奏会において古典的な作品と即興とを並べることで、クラシック音楽が現在も生き続けているのだということを感じていただけることでしょう。そして大切なことですが、古典と即興は、演奏される音楽が異なるだけでなく、演奏者の姿勢や集中力のありようも異なります。それらは互いに補い合う関係にあるのです。その両面を、このプログラムではお伝えすることができると思います。

──ミサの中でも即興を行うというお話がありました。そうした即興と、演奏会における即興というのは違うものなのですか。
はい、そのふたつは役割が違います。ミサにおいては、オルガニストはミサにお仕えします。音楽は祈りを手助けするためにあります。演奏会における即興は、それ自体で100パーセント自立しています。しかしどちらの場合においても、音楽の本質が聴衆の心に触れることにあるという点では同じかもしれません。

ケーニヒが映すフランス式オルガンの色彩美

──住友生命いずみホールのオルガンは、フランス・アルザス地方にアトリエを構えるケーニヒ社が製作したものです。モサコフスキさんからみて、ケーニヒ社のオルガンの特性と魅力は、どのような点にありますか?
私見では、ケーニヒ社のオルガンの特性は音色の多彩さにあります。そのおかげで、非常に広いレパートリーに対応できるのです。なかでも特徴的なのはリード管で、非常にフランス的な性格を持っていますし、よく歌います。まるでオーケストラが演奏しているかのような印象をもたらすことができるのです。

──モサコフスキさんからみて、「フランス式オルガン」とはどのようなものでしょうか。フランス式オルガンとドイツ式オルガンの違いは何でしょうか。
フランス語とドイツ語が異なるのと同じように、フランス式オルガンとドイツ式オルガンの間には大きな違いがあります。かつて指揮者のニコラウス・アーノンクールは「バロック音楽は話し、ロマン派の音楽は描く」と言っていました。その「話す音楽」という部分が、スタイルの違いを生んでいるように思います。ドイツのバロック・オルガンは総じて、歌うときにアクセントが強く、フランス式オルガンはもっとまろやかで、切れ目の少ない歌になります。ドイツ式オルガンはポリフォニックな音楽に向いていて、フランス式オルガンは色彩が豊かであると言えるでしょうか。

──日本の聴衆に向けてのメッセージをお願いします。
日本での最初の演奏会を住友生命いずみホールで開催できることは、私にとってたいへんな光栄です。そして、日本を訪れて、この国の方々に私の演奏をお聴かせするのは長い間の夢でした。今回それが実現することとなって、私はとても幸せです。私の古典作品の演奏と即興と、そのどちらもが日本の聴衆の方々の心に届くことを願っています。

※アリスティド・カヴァイエ=コル(1811–1899)は、フランスのオルガン製作者。革新的な構造を備えた500以上の楽器を製作し、フランクやフォーレら多くの作曲家に影響を与えた。「オルガン交響楽派」と呼ばれる潮流の礎ともなった。サン・シュルピス教会のオルガンは、彼が手がけた中でも最大規模を誇る。

ジュピター213号掲載記事(2025年7月10日発行)

プロフィール

Hiro Aiba

相場ひろ

1962年生まれ。81年より京都在住。現在は大学でフランス語を教えると共に、文学などの講義を担当する。音楽雑誌にクラシック音楽に関する文章を寄稿し、また演奏会プログラムのための曲目解説やCDのライナーノーツを多数執筆する。主な著書に『もっときわめる!フォーレ:《レクイエム》』(音楽之友社)。

プロフィール

Karol Mossakowski

カロル・モサコフスキ

カロル・モサコフスキは、その解釈と即興の両方の優れた演奏者として高く評価されている。 プラハの春国際コンクールとシャルトル国際オルガンコンクールで最優秀賞を受賞、演奏と作曲の相乗効果により両方の芸術分野で国際的なキャリアを積んでいる。2023年2月には、シャルル=マリー・ヴィドール、マルセル・デュプレ、ダニエル・ロートなどの音楽家の後継者として、パリのサン・シュルピス教会の正オルガニストに任命される。 作曲家、そして即興演奏の方でも活躍しており、世界各地のホール、教会での演奏の他、著名なオーケストラ、指揮者との共演も数多く、その演奏は世界各地で絶賛されている。 3歳の時、父親と一緒にピアノとオルガンを学び始める。ポーランドで音楽を学んだ後、パリ音楽院でオルガン、即興、作曲のクラスに入り、オリヴィエ・ラトリー、ミシェル・ブヴァール、ティエリー・エスケシュ、フィリップ・ルフェーブルに師事。

公式HP
関連公演情報
ミシェル・ブヴァール プロデュース
フランス・オルガン 音楽の魅惑
【Vol.4】カロル・モサコフスキ(パイプオルガン))

 2025.11/15(土)16:00(開場14:00)
  ※14:30〜プレ・レクチャー開催

【曲目】
 C.M.ヴィドール:オルガン交響曲第5番 ヘ短調 op.42, No.1
 K.モサコフスキ:即興演奏  ほか
【料金】 一般 ¥4,500 U-30 ¥1,000 フレンズ ¥4,000
   2025.8/1(金) 発売
公演に関する詳細情報は、ホームページでご確認ください。

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