ビゼー《真珠とり》の魅力

ビゼー《真珠とり》の魅力

2024.07.23 特集

「コンサートホールならではのオペラ」を追求する「いずみホール・オペラ」。音楽の魅力を存分に味わって頂く新企画「フランス・オペラ・シリーズ」がスタートします。プロデューサー・指揮にフランス音楽のスペシャリスト、佐藤正浩を迎え、選りすぐりの名作をお贈りします。記念すべき第1回の演目はビゼー《真珠とり》。近年評価目覚ましい作品の魅力、聴きどころをお届けします。

魅力的な点では《カルメン》に負けていない

ジョルジュ・ビゼーのオペラでは、ほかの全作品を覆い隠してしまうほど、《カルメン》が知名度も人気も抜きん出ているが、魅力的な点では《真珠とり》も負けていない。エキゾティックな叙情性があふれ、近年、世界的に上演される機会が増えている。

ただし、ビゼーの生前にはあまり評価されていない。1863年9月30日、パリのリリック劇場ではじめて舞台にかかると、そのまま18回上演されたから、まずまずのヒットだったと思われる。ところが、異国的な色彩と香り高い叙情性、ドラマティックな葛藤が一体となったこの美しいオペラを、批評家たちは酷評した。ただ一人評価したベルリオーズを除き、この作曲家の才能を、表現のあたらしさゆえに理解できなかったと思われる。結果として、ビゼーの生前に再演されることはなかった。その11年余りのち、1875年3月3日にパリのオペラ・コミック座で初演された《カルメン》もそうだった。批評家や聴衆の無理解に落胆したビゼーが、3カ月後の晩に急死する悲劇に見舞われたが、2つのオペラが似た扱いを受けたのは、ビゼーの作品の豊かさが多岐にわたる先進性に支えられていたからだろう。

まずストーリーを確認しておきたい。

セイロン島で恋と聖なる誓いの板挟みになる巫女

当初の舞台はメキシコだったが、ビゼーの考えで、インドの南西に浮かぶセイロン島に移された。時代はかなりの昔だと思われる。

穏やかで異国的な短い前奏曲のあと幕が上がると、真珠とりの漁師や女、子供たちが歌い踊っている。そこに現れた漁師のズルガが部族の長に選ばれると、続いて、長く土地を離れていた若い漁師のナディールが登場。2人はかつて、ともに若くて美しいレイラを恋した思い出を語り合う。

そのとき、ヴェールをかけた女性が高僧ヌーラバットにともなわれ、小舟で到着する。バラモン教の巫女となったレイラだった。彼女がだれだか気づいていないズルガの導きで、レイラは巫女として純潔を守ると誓うが、ナディールはレイラだと気づく。そして愛の言葉を投げかけ、レイラが神への祈りをとおしてそれに応える。

第2幕は廃墟のような寺院が舞台。ヌーラバットから、ズルガとの誓いを守るように命じられたレイラだが、現れたナディールの愛の言葉に抗しきれず、誓いを破って彼と抱き合う。そこに銃声が響き、逃げるナディールはヌーラバットに捕らえられる。群衆の怒りを買った男女をズルガは助けようとするが、巫女がレイラだとわかると、嫉妬して一転、2人に死刑を言い渡す。

第3幕では、ズルガは友人に死刑を命じたことを悔いる。それでも、レイラからナディールの助命を懇願されると、ふたたび嫉妬心を燃やす。だが、2人が処刑されようというそのとき、部落で火事が発生する。ズルガが放火したのだった。それを機に2人に逃げるように促したズルガは、自身の恋はあきらめる。

このオペラはビゼーの生前に総譜が出版されず、管弦楽用の手稿譜も紛失したため、さまざまな結末が、オリジナルとは無関係に設定されることになった。なかでは、ズルガが島民に刺されて死ぬ結末が採用されることが多い。だが、信頼できる初演時のヴォーカル・スコアによれば、ズルガが逃げる2人や、火を消しに行ったヌーラバットらを見守って、幕が下りる。ちなみに、巫女が恋と聖なる誓いのあいだで板挟みになる、という物語は、ベッリーニ《ノルマ》などの流れを汲むものである。

早熟の天才ビゼー初の本格的なオペラ

ビゼーは幼いころから非凡な音楽の才能を見せた。パリ音楽院に特別入学を許されたのときは、わずか10歳で、にもかかわらずピアノや作曲のクラスで1等賞を獲得した。その後、芸術家の登竜門であるローマ大賞を獲得して永遠の都に留学。しかし、リストから「ヨーロッパで最高のピアニスト」というお墨付きを得ても、その道には進まず、1860年に帰国すると劇音楽にこだわった。

ビゼー(1860年頃) 
from Wikimedia Commons

だが、なかなか仕事に結びつかなかったが、リリック劇場に対し、ローマ大賞受賞者による3幕のオペラを定期的に上演することを条件とする資金提供があり、ビゼーに白羽の矢が立ったのである。

24歳で作曲された《真珠とり》は、ビゼーが作曲した(一部の喜歌劇を除いた)本格的なオペラとしては、舞台にかかった初の作品であった。

ビゼーならではの世界は、幕が開いてすぐに届けられる。賑やかな合唱のあいだ、ヴィオラやチェロ、打楽器がリズムを刻み、叙情的なエキゾティシズムが鮮やかに表現され、太古のセイロン島にいざなわれる。その後、ハープとフルートをともなってズルガとナディールが歌う二重唱は、三度並行で高貴に歌われる。

続いて、ナディールのロマンス「耳に残る君の歌声」の、たゆたうように歌われる甘美な旋律のなんと美しいこと。僧たちの合唱をともなうレイラのカヴァティーナもエキゾティシズムを醸し、そのままナディールとの二重唱に流れ、旋律美に歌唱技巧をからめて、最高の美しさが表される。

音楽家および劇作家の才能が全編にみなぎる

このまま終幕まで聴きどころを記すと、紙数が足りなくなってしまう。第2幕のレイラのカヴァティーナ「いつかのように暗い夜に」が、旋律も管弦楽のあつかいも《カルメン》のミカエラを先取りしていること。第3幕のレイラとズルガの二重唱に、叙情性と劇的迫力が理想的に一体化していること。その2つを示すにとどめておく。

とにかく若きビゼーは、こうして異国的な香りをまぶしながら、叙情的な表現力を顕示した。《真珠とり》には、大胆な和声、オーケストラの響きへの徹底的な的なこだわり、ライトモチーフの活用、言葉の劇的な運用など、音楽家および劇作家としてのビゼーの才能と鋭い感性が、全編にみなぎっている。

その後、ビゼーは《カルメン》までのあいだに、10を超えるオペラや喜歌劇の作曲に挑みながら、完成できたのは《美しいパースの娘》(1867)や《ジャミレ》(1872)などごくわずかだった。そのなかで《カルメン》と並んで、音楽的にも劇的にも輝いているのは、やはり《真珠とり》である。

6月に行われたソリスト稽古の様子

ジュピター207号掲載記事(2024年7月10日発行)

プロフィール

Toshi Kahara

香原斗志(オペラ評論家)

音楽評論家、オペラ評論家。早稲田大学卒業。オペラ等の声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。日本ロッシーニ協会運営委員。近著に『魅惑のオペラ歌手50』(アルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔も持ち、近著に『教養としての日本の城』(平凡社新書)など。

関連公演情報
いずみホール・オペラ 2024 佐藤正浩プロデュース
G.ビゼー
真珠とり
全3幕
演奏会形式 〈字幕付き〉

2024.8/31㈯ 14:00

佐藤正浩(指揮/プロデュース)
レイラ:森谷真理(ソプラノ)
ナディール:宮里直樹(テノール)
ズルガ:甲斐栄次郎(バリトン)
ヌーラバット:妻屋秀和(バス)
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団/神戸市混声合唱団

舞台監督:松岡敬太(ザ・スタッフ)
照明:原中治美

S¥11,000 A¥9,000 U-30¥4,000

ユースシート

文化庁芸術文化振興費補助金
劇場・音楽堂等活性化・ネットワーク強化事業
(地域の中核劇場・音楽堂等活性化)
独立行政法人日本芸術文化振興会
助成:公益財団法人三菱UFJ信託芸術文化財団

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いずみホール・オペラ 2024 佐藤正浩プロデュース<br>G.ビゼー<br>真珠とり