フランス・オルガン音楽の魅惑【シリーズ最終章】 ミシェル・ブヴァール インタビュー

フランス・オルガン音楽の魅惑【シリーズ最終章】 ミシェル・ブヴァール インタビュー

2023.07.20 インタビュー オルガン

フランス音楽の歴史に大きな足跡を残したルイ14世が、日々の礼拝のために設営させたヴェルサイユ王室礼拝堂のオルガンを専属奏者として弾いているミシェル・ブヴァール。彼が企画・監修する「フランス・オルガン音楽の魅惑」シリーズもいよいよ大詰めです。パリ・ノートルダム大聖堂の専属奏者ヴァンサン・デュボワが弾く最後の第3回開催にあたり、改めてブヴァールさんにお話を伺ってみました。

最終章に登場する世界で華々しく活躍する才能

――このシリーズのために2021年、住友生命いずみホールに再登場くださいましたね。昨2022年はご紹介くださったトマ・オスピタルの演奏会にも来てくださいました。コロナ禍中の再訪となりましたが、改めてホールとオルガンの印象はいかがでしたでしょうか?

ミシェル・ブヴァール(以下MB):2021年は海外渡航者の隔離期間がありましたね。演奏会の前に2週間も京都に閉じこもることになりましたが、その後に再会できたオルガンは格別でした。なにしろ2016年にバッハ・オルガン作品全曲演奏会で呼んでいただいた時から、あのようにいろいろな時代のフランス音楽をこのオルガンで演奏したいと思っていましたしね。2022年にはラヴェルの管弦楽作品の編曲を含むプログラムをトマ・オスピタルの演奏で聴けて、また違った魅力を味わえました。いろいろな様式の音楽それぞれに対応できるオルガンを、という発想で建造された楽器だけのことはあります。今年の秋、ヴァンサン・デュボワの演奏でさらなる演目を聴けるのが楽しみです。

――ヴァンサン・デュボワさんは、いずみホールの楽器を作ったイヴ・ケーニヒさんの工房があるアルザス地方の音楽院で教えてらっしゃいましたね。

MB:そうなんです、このホールの楽器にうってつけの奏者の一人ですよ。ヨーロッパとアメリカで、ありとあらゆる種類の楽器を弾きこなしてきた人でもあります。今はパリ・ノートルダム大聖堂の専属奏者を任されていますが、かつて同じポストにいた巨匠ピエール・コシュローやフィリップ・ルフェーヴルらと同じように音楽院の学長をしていたこともありますね。北部のランス音楽院、それから仰る通りアルザスのストラスブール音楽院でも。さぞ忙しいはずなのに演奏活動の時間も絶やさず、きわめて高いクオリティの音楽作りを維持してきたのは本当に驚異的です。その彼が去年、ついに学長の仕事から完全に退いてオルガン演奏に専念することにしたんですよ。ドイツの音楽大学の専門課程で教えながら、演奏会出演も増やしています。フランスから遠く離れたいずみホールでもその活動の一端に触れられるのは嬉しいですね。

パリ・ノートルダム大聖堂のオルガン精神

――今回のプログラムは、彼が専属奏者の一人になっているパリのノートルダム大聖堂とも関係が深い選曲になっていると伺いました。

MB:一口に「フランス・オルガン音楽の伝統」と言っても、たとえばパリ市内だけでもデュプレはサン=シュルピス教会でヴィドールの後を継ぎ、メシアンはトリニテ教会で活躍し……と重要なオルガニストたちが別々の教会にいましたからね。伝統にもいろいろあります。その中でもノートルダム大聖堂は別格で、日々の音楽礼拝の立派さからして他の追従を許しません。児童合唱団や聖歌隊の技量もすばらしく、オルガンは〔合唱オルガンは被災・損壊したものの〕昔から2基もあり、即興演奏にすぐれたオルガニストが代々専属を務めています。その音楽礼拝の伝統がオルガンを中心に培われてきたわけです。

――その伝統に、フランス近代オルガン特有の交響楽派はどう関わってきたのでしょう?

MB:1900年にヴィエルヌが専属奏者になって、即興演奏でも作曲でも先任者とは全く違う仕事ぶりをみせました。交響楽派の流儀が本当の意味でパリ・ノートルダム大聖堂に息づくのはそれからですね。着任早々ヴィエルヌが1901年に書いたオルガン交響曲第2番の楽章は11月の演奏会でも披露されます。

――オルガンがずっと昔からあって、演奏家たちもさることながら楽器も見事で……。

MB:そう。マリー=アントワネットやモーツァルトの時代には名工フランソワ=アンリ・クリコが、1868年にはフランス近代オルガンの大御所カヴァイエ=コルがキャリア絶頂期に改築を手掛け、交響楽派向けの銘器になりました。20世紀にも改装されているので純粋な「カヴァイエ=コルの歴史的銘器」ではありませんが、パリ・ノートルダム大聖堂の楽器らしさは常に維持されています。11月の演奏会では、20世紀にこの大聖堂の楽器向けに書かれたジャン=ルイ・フロレンツの曲や、即興演奏の見事さで世界的に知られたコシュローの作品も演目に選ばれています。

――カヴァイエ=コルの改築の前にあったクリコの楽器の名残もあるのですか? そういえばブヴァールさんが専属奏者をしているヴェルサイユのオルガンもクリコ家が建造したものですね。

MB:ヴェルサイユの楽器はフランソワ=アンリの祖父ロベール・クリコの設計ですね。カヴァイエ=コルは先人たちの仕事を尊重して、パリ・ノートルダム大聖堂でもリード管を中心にクリコ以来のパイプを残していますから、フランス古典期の音も演奏に使えるんですよ。彼が手掛けた楽器にはそういった古典期の楽器からの改築例も多くて、フランス古典期(注*)とフランス近代のオルガンの歴史的連続性を確かに感じられますね。

――連続性といえば……「フランス・オルガン音楽の魅惑」シリーズの演奏家3人はブヴァールさん含め全員パリ音楽院出身で、ブヴァールさんとその後任オスピタルさんは同学の教授でもあるわけですが、パリ音楽院ならではのオルガン演奏の伝統もあるのでしょうか?

MB:伝統とか流派といった言葉ではまとめられないかもしれません。学ぶ者それぞれの個性に合わせて指導していますからね……とはいえ、1995年以降は私と〔ヴァンサン・デュボワと同じくパリ・ノートルダム大聖堂で専属奏者をしている〕オリヴィエ・ラトリーがオルガンを教えていて、両者とも全く違う方針をとっているのは学生たちにとってよいことだと思います。彼と私は親友同士でもあるんですよ。両者が全く逆のことを言う場合もありますが、二人とも同じフランス流儀の美意識を受け継いでいることと、ともすれば機械的装置のように扱われもするオルガンという楽器を最大限音楽的に扱おうとしている点は共通しています。

オルガニストである康子夫人が通訳を務めた。

5月記者懇談会にて
オルガニストである康子夫人が通訳を務めた。

フランス交響楽派を妥協なく弾ける貴重な楽器

――日本や東アジアはパイプオルガンが根付きにくい世界でもあるかと思いますが、今後の展望をどう見ていますか?

MB:日本は韓国とともに、フランスやドイツなどで多くのオルガニストが研鑽を重ね、帰国後も立派に活躍していますよ。特に古楽に強い名手が多くて、ドイツ・バロック式の楽器は正統派の銘器も数多くあります。全体としては、いろいろな様式に対応した複合型のオルガンが設置されることが多いですね……ただフランス交響楽派を妥協なく弾ける楽器はアジア全体に少なく、日本は特に選択肢が限られてしまいます(韓国にはカヴァイエ=コル楽器の忠実な複製再現楽器もあるのですが)。いずみホールの楽器はその意味で貴重な存在ですよ、いろいろなタイプのオルガン音楽を、それぞれの本質的な個性そのままに弾けますからね。

――今回も日本の打楽器奏者である森本瑞生さん、丹治 樹さんがデュボワさんと共演しますね。

MB:ええ、私も楽しみです。ピエール・コシュローの即興を息子ジャン=マルク・コシュローが再構築した独特な曲での共演なんですよ。

――ブヴァールさん自身は今後、いずみホールでどのような企画を予定されていますか?

MB:いずみホールのオルガンでは現在、 ドイツのリューベックで研鑽を積んだ冨田一樹さんが毎年春にバッハを中心としたプログラムで演奏会をしていますね。。私の秋のフランス音楽シリーズも継続できたらよいですね。個人的にはフランスで学んだ日本のオルガニストたちも紹介してゆけたらと思っています。若い世代の方も、すでにキャリアを積んでいる方も……!

(注*)いわゆるウィーン古典派などとは違うフランス音楽の歴史特有の区分。同国の宮廷音楽の原型が整えられた17世紀後半から18世紀前半(つまりドイツ流の音楽史でいうバロック期)がその最盛期で、ルイ15世・16世の時代にも継承されていった。
ヴァンサン・デュボワ(パイプオルガン)

ヴァンサン・デュボワ(パイプオルガン)
長年にわたり世界の舞台で活躍している最高のコンサート・オルガニストの一人。パリ国立高等音楽院でオリヴィエ・ラトリーに師事、オルガン、和声、対位法、フーガ、20世紀作曲法のクラスで最優秀賞を得て卒業。 2016年1月パリ・ノートルダム大聖堂の三人の新しいオルガニストに任命され、オリヴィエ・ラトリー、フィリップ・ルフェーヴルと共に奉仕している。

ジュピター201号掲載記事(2023年7月12日発行)

プロフィール

翻訳家・音楽ライター

白沢 達生

英文学専攻をへて青山学院大学大学 院で西洋美術史を専攻(研究領域は 18~19 世紀フランスにおける 17 世 紀オランダ絵画の評価変遷)。雑誌編集・音源輸入販売を経て、仏・伊・ 英・独・蘭・西語などの翻訳と記事執筆も手がけるように。Alpha、 Arcana、Glossa、Indésens 、Calliopeなど欧州レーベル CD ライナーノート翻訳・執筆多数。単独訳書にジル・カンタグレル著『バッハを愉しむとき』(仏 Alpha)、カミーユ・ド・レイク著『フィリップ・ ヘレヴェッヘとの対話』(ベルギー Phi)。遠藤雅司主宰『音食紀行』や コストマリー主宰中世イベント、室内楽企画 Music Dialogue、ミューザ 川崎MUZAミュージックカレッジなどで話し手としても活動。TBS ラジオ「アフター6 ジャンクション」、有線放送ミュージックバー ド、コミュニティ FM などラジオにも定期的に出演。ポッドキャスト「南青山の片隅でクラシック酔談」出演中。ウェブマガジンONTOMO連載『ジャケット越しに聴こえる物語』他などWeb記事も手がける。

関連公演情報
ミシェル・ブヴァール プロデュース フランス・オルガン音楽の魅惑 Vol.3「シンフォニーそして現代」
2023.11/18(土) 開演16:00

14:30〜 ミシェル・ブヴァールによるプレ・レクチャー開催(通訳:宇山=ブヴァール康子)

ヴァンサン・デュボワ(パイプオルガン)、森本瑞生、丹治 樹(打楽器) ミシェル・ブヴァール(プロデューサー/お話)、宇山=ブヴァール康子(通訳)

【曲目】
C.フランク:3つのコラールより コラール第3番 イ短調
L.ヴィエルヌ:オルガン交響曲第2番 ホ短調 op.20より Scherzo, Adagio, Final
M.デュプレ:受難交響曲 op.23より Crusifixion, Résurrection
P.コシュロー:「シャルル・ラケ」の主題によるボレロ即興曲
J-Lフロレンツ:「黒人の子」のための前奏曲 op.17-1
O.メシアン:主の降誕より“私たちの間にある神”
V.デュボワ:即興演奏

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