フランス・オペラの魅力を存分に 佐藤正浩(プロデュース/指揮) インタビュー

フランス・オペラの魅力を存分に 佐藤正浩(プロデュース/指揮) インタビュー

2023.05.30 インタビュー 佐藤 正浩

長身から繰り出すダイナミックな棒捌きで、より滑らかな音の流れを作り上げるのが、指揮者佐藤正浩の美質。オペラの現場とは違って、インタビューの席では言葉数も少ないが、ひとたび口を開けばバスの美声が放たれる。「元は声楽科ですので」と静かに語るが、卓抜したピアノの腕もあって欧米でコレペティトゥール(コレペ:歌唱指導者)として名を馳せ、オペラや合唱団の指揮者としても成果を収める彼は、いまや日本のオペラ界でも「無くてはならぬ存在」に。このマエストロが、2024年から住友生命いずみホールで「佐藤正浩プロデュース・オペラシリーズ」を開始するが、それに先立つプレ・コンサート「フランス・オペラに恋して」が8月に開催の運びに。まずは、プロジェクトの内容を語って貰おう。

フランス・オペラの名シーンを一度に

佐藤:「このコンサートでは、フランス・オペラの有名作から名場面を選び、ソプラノの森谷真理さん、メゾソプラノの池田香織さん、テノールの宮里直樹さん、バリトンの甲斐栄次郎さんといった、第一線でご活躍の皆さんにご出演頂きます。また、私が音楽監督を務める神戸市混声合唱団も参加し、皆さんに、私自身の伴奏で歌って頂くことにしました。イタリアものに比べると、フランス・オペラは馴染みが少ないと仰る方もおられますが、実は、メロディがテレビや映画で使われるケースも多いです」。

——確かに、世界一有名な《カルメン》も、〈舟歌〉で人気の《ホフマン物語》も、〈瞑想曲〉がことに名高い《タイース》もみなフランス語のオペラ。

佐藤:「そうですね。宮里さんが歌う《真珠とり》のアリア〈耳に残るは君の歌声〉も、メロディがタンゴにアレンジされてよく知られていますし、《ラクメ》の2重唱など、ほかの曲にも、皆さん聴き覚えある旋律が案外入っているかもしれません。2024年からのオペラ・シリーズは、コロナ禍の前から決まっていたプロジェクトでしたが、スタートが遅れましたので、その前に演目の紹介も兼ねてプレ・コンサートをやらせて頂きます。ちなみに、オペラ・シリーズではビゼーの《真珠とり》やマスネの《ウェルテル》、プーランクの《カルメル会修道女の対話》といった演目が構想に上がっていますので、8月のコンサートでも、この3演目の聴きどころを中心に選曲し、他の作品の名アリアやフォーレの合唱曲も加えてみました」。

——《真珠とり》は漁師の男たちの友愛を描くオペラ。合唱も大活躍する。《ウェルテル》はもちろんゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』のオペラ化であり、《カルメル会修道女の対話》はフランス革命で実際に起きた悲劇がテーマになっている。

佐藤:「仰る通り、《真珠とり》にはコーラスの名場面も多く、いずみホールさんの豊かな音響のもとで神戸市混声合唱団の熱演にもいっそう期待できそうです。ちなみに、ビゼーは私がずっと追いかけている作曲家の一人でして、過去には、東京芸術劇場でのオペラ・シリーズでも彼の作品をたびたび取り上げてきました。ですので、今回、関西の皆様にも聴いて頂ければと願います。一方、《ウェルテル》ではマスネの曲作りやオーケストレーションにワーグナーの影響が大きいので、その点からもご紹介したいなと。《カルメル会》では、無調(十二音)の音運びが主体の第二次大戦後のオペラ界に、敢えて、美しいメロディを盛り込んだプーランクの勇気も聴きとって頂ければ幸いです」

——指折りの名場面を四人の名歌手が熱唱するさまは、オペラ・ファンなら聴き逃したくはないはず。しかも、合唱団も出るという贅沢さ。

佐藤:「コンサートでは字幕も出しますので、オペラ初体験の方もご心配なく!」

佐藤正浩

本場で得た"フランスらしさ"

——ところで、タイトルが「フランス・オペラに恋して」となっているが、そこには佐藤自身の実体験もあるのだろうか?例えば、「サンフランシスコ歌劇場からリヨン歌劇場に移籍し、後にパリ・シャトレ座へ」のプロフィールの裏に、熱烈なる恋の逃避行が存在したりは?

佐藤:「誰かを追っかけてフランスまで行ったとか?いやいや、そんなコイバナなんてこれっぽっちも無い(大笑)。東京藝大を卒業してニューヨークに留学し、サンフランシスコ歌劇場でコレペの仕事を始めましたが、休暇が始まるとイタリアに行き、語学学校に通いながら、オペラの仕事を現地で探していました。やはり、オペラを目指すからにはヨーロッパでも経験も積みたかったので。すると、リヨンでコレペを募集中と分かったのでオーディションを受けたら合格しました。当時の音楽監督であった日系アメリカ人のケント・ナガノさんからも『英語やイタリア語がそれだけ話せたら、一年ぐらいでフランス語も流暢になるよ』と励まされたのです。その後、縁あってリヨンからパリに移り、アントニオ・パッパーノさん指揮の《ドン・カルロス》(ヴェルディ)のプロダクションなどで経験を積ませてもらいました」

——ご当人はごく控え目に語ったが、はっきり言って、この経歴は驚くほどに貴重なもの。フランス・オペラ界の名だたる実力者たちのもとで修練を積んだのだから。

佐藤:「有難うございます・・・例えば、フランス語の発音と歌唱法に関して、高名な先生方からじかに学べたことは大きかったです。カラヤンやカラスとも仕事したジャニーヌ・レイス先生は、叩き込むように厳しく教える方でしたが、『フランス語の発音のポジションを正しく身に付けたら、イタリア語で歌うよりもよほど楽に、自然に声が出せます』と繰り返し仰いました。大プリマドンナのレジーヌ・クレスパンのもとでも、レッスンの伴奏者として働きましたが、クレスパン先生も『Rの音は舌先で軽く巻く感じでやってみて。ネイティヴは喉で震わせがちだけれど、それだと声としてはやはり届きにくいの。意識して、口腔の前の方で発音するよう心掛けてね』と何度もアドヴァイスされていました・・・本当に、勉強になりました」。

——キャリアを重ねても、このように謙虚さを保つからこそ、マエストロ佐藤正浩は多くの歌手に信頼され、名手が集う。コンサート当日は、舞台の熱気が客席を包み込むさまに乞うご期待。

ジュピター200号掲載記事(2023年5月11日発行)

プロフィール

オペラ研究家

岸 純信

オペラ研究家。NHK-Eテレ『らららクラシック』『芸術劇場』『愛の劇場』及びNHK-FM『オペラ・ファンタスティカ』にも出演を重ねる。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツユニバーサルコンテンツ)、訳書『マリア・カラスという生きかた』(音楽之友社)、共著『イタリア文化事典』(丸善出版社)など。新国立劇場オペラ専門委員、静岡国際オペラコンクール企画運営委員を歴任。大阪大学外国語学部非常勤講師(オペラ史)。

プロフィール

佐藤正浩

東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。ジュリアード音楽院ピアノ伴奏科修士過程修了。1993年、サンフランシスコ・オペラのオーディションに合格、専属ピアニストとして活躍を始める。1995年フランス・リヨン国立歌劇場の首席コレペティトールとなり、ケント・ナガノ氏のもと2つの世界初演を含む数多くのプロダクションの成功に導く。2012年新作オペラ「白虎」の初演で佐川吉男音楽賞受賞。神戸市混声合唱団音楽監督。

関連公演情報
プレ・コンサート『フランス・オペラに恋して』~4人の歌手、神戸市混声合唱団とともに
2023.8/6(日) 16:00

佐藤 正浩(指揮・ピアノ)
森谷 真理(ソプラノ)/池田 香織(メゾ・ソプラノ) 宮里 直樹(テノール)/甲斐 栄次郎(バリトン)/神戸市混声合唱団

G.ビゼー :《真珠とり》より
「燃えたぎる砂浜の上で」
「聖なる神殿の奥深く」
「ようこそ、見知らぬ方よ」
「耳に残るは君の歌声」
「嵐は静まった」
F.プーランク :《カルメル会修道女の対話》より
「お父様、取るに足らない出来事ではありません」
「Ave Maria」
「なぜあなたはこうして目を伏せたまま」
G.フォーレ :「神 永遠に在らしぬ」 (ラシーヌの雅歌)
J.マスネ :《タイース》より
「私は美しいと言って」
《エロディアード》 より
「儚いまぼろし」
《ウェルテル》 より
「ウェルテル、誰が私の心の中を」
「春風よ、どうして僕を目覚めさせた?」
「終わらないで、ああこの絶望!」

公演情報はこちら
プレ・コンサート『フランス・オペラに恋して』~4人の歌手、神戸市混声合唱団とともに