新・日本の響き 和のいずみ[プロデューサー/箏奏者]片岡リサ インタビュー

新・日本の響き 和のいずみ[プロデューサー/箏奏者]片岡リサ インタビュー

2023.05.30 インタビュー

2023年8月より、箏曲家・片岡リサのプロデュースによる「新・日本の響き 和のいずみ」が始まる。「和楽器をもっと気軽に楽しんでほしい」という片岡の強い想いが反映された連続企画だ。古典作品に取り組むだけでなく、西洋の楽器とのコラボレーションなども行いながら、邦楽の世界を斬新な切り口で魅力的に伝える活動を行ってきた彼女が、この企画を通して実現したいものとは。そのルーツや原動力も併せて、話を伺った。

隣の芝生にも興味を広げた学生時代

和楽器にとどまらないさまざまな分野とのコラボレーションを積極的に行い、箏をまだ知らぬ人にその音色を届け、箏や和楽器自体の可能性をも広げている片岡リサ。和楽器の世界を魅力的に示す稀有な存在だ。
異分野との協働に力を入れている和楽器奏者は、多くはない。邦楽の世界に触れたことのない人からみれば、敷居が高く閉じた世界のように見えることもある。その中で異彩を放ちながら精力的に活動している彼女のルーツは、一体どこにあるのだろうか。
箏を始めたのは、小学生の時。ギターを独学で演奏するほど音楽が好きな父親の元で育ち、ピアノを習い、家ではクラシック音楽がよく流れていた。箏の教室に通い始めたのは、和楽器に関心を持った父親の勧めだった。

片岡:「ピアノを練習しない子どもだったので、レッスンに行くたびに『リサちゃんはいつになったら練習してくるの』と注意されてばかりでした。音楽自体は好きだったことから箏の教室にも通ってみると、先生がとても褒めてくださる方で。『あまり練習していないのにこんなに褒められるだなんて、自分って上手なんかも』と思うわけですよね(笑)。ピアノの影響で音楽的なリズム感が身についていたことも大きかったかもしれません。もう少しがんばってみるか、ときちんと練習するようになりましたね」

そこからさまざまなコンクールの賞歴を重ね、高校卒業後は大阪音楽大学に入学。箏に打ち込む傍ら、クラシックの演奏会にも足繁く通った。スタンダードなスタイルで和楽器にも取り組みながら、別ジャンルにも音楽にも深く興味を持つ。「隣の芝生が青く見えるタイプなんです」と笑う彼女にとって、現在の活動スタイルに行き着くのはごく自然なことだったとも言える。

2017/3/6ランチタイム・コンサートVol.99

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箏ならではの響きを探して

2つの分野を経験しながら、自らのパートナーとして箏を選んだ理由として、「やはり和楽器ならではの演奏方法や、音楽の間の取り方が、自分にとって心地よかったからでしょうね」。邦楽とクラシックの源流を辿ると、音楽を育んだ地域や、音楽そのものの様相は異なる。片岡自身、和楽器の古典作品を演奏するときと、クラシック奏者と共演するときで、演奏方法を分けているそうだ。西洋の楽器とは違う箏の音色の特徴について、こう語る。

片岡:「ペダルや息を使って音を持続させられる楽器が多く、楽譜にも強弱記号や表現の指示が多いクラシックとは違って、箏はパンとはじけば音が消えてしまう楽器。でも、その一瞬の響きに大きなパワーがあるんです。西洋の楽器と一緒に演奏するときは、その中で目立ちすぎて浮いてしまったり、反対に溶け込ませようとしてむしろ存在感を失ってしまったりするのは避けたいと思っていて。どんなシチュエーションでも、箏の音色をいかに美しく出すのか、いかに心地よく自分が音を出せるのかを意識しています」

次世代につなぐプログラム

刹那的である一方で、想像以上のエネルギーが宿っている箏の音色。それを堪能できる企画が、片岡がプロデュースを務める「新・日本の響き 和のいずみ」だ。8月26日に行われる第1回公演の代表的な共演者は、尺八奏者の藤原道山。古典作品の『鶴の巣籠』や自作品、現代音楽作曲家の藤倉大が藤原のために書いた『korokoro』などを独奏で披露するほか、同じく藤倉による尺八と箏のための『momiji』(世界初演)も演奏予定。邦楽定番の宮城道雄『春の海』も揃え、初心者からファンまで幅広く楽しめるプログラムが組まれた。

片岡:「クラシック音楽は好きだけど和楽器はあまり知らない、もしくは和楽器は好きだけどクラシックを聴く機会はあまりない、という方の双方に来ていただきたいと考えています。そして『クラシックのホールで、箏や尺八がこんなに素敵な音で響くんだ』と知っていただきたい。古典作品で邦楽の本来の味わいを堪能してもらい、現代作品で未来につなげることを意識しています。どちらの楽器にも詳しくなくても、何かを感じていただけるような演奏者と作品を揃えています」

同じく未来につなげるべく、若手の演奏者も登場。普段はクラシックを専攻している一方で、授業内で和楽器を学んでいる大阪府立夕陽丘高等学校音楽科2年生がオープニングを飾る。

片岡:「夕陽丘高校だけでなく、関西には和楽器に取り組む若い方がたくさんいて、皆さんレベルが高いんです。この世代も和楽器に励んでいるのだということを多くの方に知っていただくと同時に、学生の皆さんの今後の演奏・学習にもこの経験を役立てていただきたい。このような形で次世代に繋いでいくのも、私の役目の一つだと思っています」

箏の魅力を知ってもらいたい一心で

箏の演奏に留まらず、鋭い着眼点の企画・プロデュースやコラボレーション、そして次世代にバトンを繋ぐことにも手を広げている片岡。その積極性の原動力はどこにあるのだろうか。

片岡:「箏の魅力を知っていただきたい、その一心です。ピアノやヴァイオリンなどの西洋の楽器に比べると、演奏者も聴く人も人口が少ない楽器です。日本の楽器であるにも関わらず和楽器の敷居が高いのは、それが身近にないからだと思うので、まずは気軽に演奏に触れられる場所を増やして、さまざまな切り口でいい音楽を届けながら、箏という楽器のことを伝えたいと思っています」

今回のプロデュース企画は、まさにそんな片岡の想いを体現したものだと言える。

片岡:「今回もいろんな層の方に来ていただけるようなプログラムを設定していますが、何かとかけ合わせることで新たなファンを生み出すような取り組みを行なっていきたいです。最前列から最後列まで箏の音が届くすばらしい住友生命いずみホールで、和楽器の音色がどう響くのか、お楽しみください」

気品と優美さを兼ね備えた箏の音色は、クラシックホールでどんな味わいを醸し出すのだろうか―その日を楽しみに待ちたい。

ジュピター200号掲載記事(2023年5月11日発行)

プロフィール

音楽ライター

桒田 萌

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウンドメディアの編集・制作を行いながら、音楽雑誌や音楽系Webメディア、音楽ホールの広報誌などで、アーティストインタビューやコラムの執筆を行っている。

プロフィール

片岡 リサ

大阪音楽大学卒業、大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了(音楽学)。2011年第21回 出光音楽賞、平成13年度文化庁芸術祭〈音楽部門〉新人賞を洋楽邦楽問わず史上最年少で受賞。平成22年度大阪文化祭賞、平成23年度 大阪市より「咲くやこの花賞」、平成30年度文化庁芸術祭優秀賞など受賞。現在、大阪音楽大学特任教授、同志社女子大学・兵庫教育大学非常勤講師、宮城社師範。

関連公演情報
新・日本の響き 片岡 リサ プロデュース
和のいずみ 第1回
2023.8/26㈯ 16:00

片岡 リサ(箏、プロデューサー)
藤原 道山(尺八)
池上 亜佐佳、日吉 章吾(箏)
◆オープニング演奏◆
片寄 真一 : 彩雲
(大阪府立夕陽丘高等学校音楽科生徒による演奏)
◆古典作品から和楽器の歴史と魅力を知る◆
アメイジンググレイス
宮城 道雄 : 春の海
~楽器紹介コーナー~
古典本曲より 鶴の巣籠
吉沢 検校 : 千鳥の曲
◆和楽器の現代作品、そして未来へ◆
藤倉 大 : korokoro
momiji~尺八と箏のための(委嘱新作/世界初演)
藤原 道山 : 花宴、空、新作(世界初演)

「和のいずみ」シリーズ 3つの柱
日本の楽器、音楽の魅力をお届けする本シリーズは、以下の3つの柱で構成されています。
●邦楽界のスターがゲスト出演
●関西の現代音楽作曲家への新作委嘱
●大阪府内の高校生によるオープニング演奏

公演情報はこちら
新・日本の響き  片岡 リサ プロデュース </br>和のいずみ 第1回