音楽と、風景と、身体と「夜のホール、昼のホール」
2024.09.20 堀朋平エッセイ
夜のホール、昼のホール
陽気な人がふと憂いをみせるように、ホールもじつにいろいろな顔をもっています。いちばん多いのは、ライトをほんのり浴びてお客さまを迎える“夜”の表情でしょうか。ランチタイムの日は、心なしか笑顔がまぶしい。昨年度からはオープンハウスといって、皆さまに舞台裏までかなり自由にお入りいただけるイベントも盛況です。これは年にいちど桜の季節なので、ホールの頬も桃色かも。それぞれの表情にあわせて、スタッフたちの手腕も冴えてくるわけです。
こんな顔もあるのか……と思うことが最近ありました。去る7月9日の夜に執りおこなわれた「西村朗さんお別れの会」。昨秋に69歳で旅立たれた作曲家は、いずみシンフォニエッタ大阪を24年にわたって率いてこられた旗手。その入念なプログラムづくりからは、現代音楽のおもしろさを無理なく伝えたいというやさしい熱意が伝わってくるようでした。私がことばを交わしたのは2~3回だったものの、いつも遠方の友をむかえるように接してくださり、お送りした拙著に対しても懇切な自筆ハガキで返礼してくださいました。お別れ会のステージは清らかな赤白の花でいっぱいになり、にこやかな写真がオルガン前に大きく飾られ、飯森範親さんと池辺晋一郎さんによる笑いと涙の献辞。ロビーのさざめきは“ほがらかな憂い”に彩られている……どれも初めて目にするホールの表情でした。
帰りの電車では、おみやげに配られた『曲がった家を作るわけ』(春秋社、2013年)を道づれに。まっすぐに歩まない作曲家の書下ろし自伝です。巻頭エッセイは「〆切」という(冷や汗ものの^^;)テーマから音楽史をたどりなおすユニークな論文……かと思いきや不意にギアが変わり、〆切に追われる作曲仲間をギリギリ徹夜で助けたエピソードたちが立て続けに披露される。とにかく話題転換の勢いとスケールがすごい。これって既視感あるぞと思ったら、そうです。1番から8番までの第1楽章を猛烈なスピードで駆け抜けて、こんどは第2楽章を逆順でたどり……かと思いきや、そんな期待の裏をかいて脱線の笑いをさそう《ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲》(2007)のムードそのもの。音はそのまま文章に通じるのだなぁという感慨につつまれた、晴れやかな帰途でした。
笑いにひそむ“夜”の顔、憂いのむこうにある光──大切にしたいものです。
ジュピター208号掲載記事(2024年9月11日発行)
プロフィール
Tomohei Hori
堀 朋平
住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学・九州大学ほか非常勤講師。東京大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッシング、2023年)で令和5年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(評論部門)受賞。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデュッセイ』(法政大学出版局、2016年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋社、2012年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシング、2017年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解釈』(音楽之友社、2016年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022年)など。やわらかな音楽研究をこころざしている。
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