三味線奏者 本條秀慈郎インタビュー<br>三味線とオーケストラのバトル!名人芸が炸裂

三味線奏者 本條秀慈郎インタビュー
三味線とオーケストラのバトル!名人芸が炸裂

2024.01.15 インタビュー 後藤菜穂子

「和洋感応−愉悦の流域」と題して送る、いずみシンフォニエッタ大阪第51回定期演奏会。目玉の一つは、大阪出身で、イギリス在住の世界的作曲家、藤倉大による「三味線協奏曲」です。委嘱初演者で、世界中で活躍する三味線奏者、本條秀慈郎さんにお話をお伺いしました。

オーケストラと匹敵する音の質量に驚愕

──三味線との出会いは高校生のときだったそうですが、楽器のどんな面に惹かれたのでしょうか?
秀慈郎(以下 H):小さい頃からピアノを習ったり、中高では吹奏楽やバンドをやったりと、ずっと音楽が好きで、音楽の道に進みたいと思っていたのですが、高校のときに挫折し、なかば諦めていたときにたまたま出会ったのが三味線でした。最初は近所の先生に津軽三味線を習ったのですが、楽譜を使わないで見よう見まねで弾くことがおもしろく感じましたね。しかも三味線の音がそれまでに聴いたことがない音で、その点にも強く惹かれました。
それまでもさまざまな楽器に触れていましたし、また両親が音楽好きでしたので、往年の名手たちの録音をたくさん聴いて育っていたのですが──コルトーのピアノとかニコレのフルートとか、デニス・ブレインのホルンとか──三味線は楽器自体が未知のものでしたので、今まで自分が経験していない音がして、ダイレクトに楽器のすごさを感じました。その一方で、感覚的にはエレキギターを最初に手にしたときの感動とも近くて、不思議と日本の楽器という感じはあまりしなかったですね。

──その後、桐朋学園芸術短期大学の日本音楽科(専修)に進み、そこで三味線の大家、本條秀太郎さんに師事されました。
H:はじめは長唄三味線の先生に現代曲を教えていただいたのですが、しばらくして学校で本條秀太郎先生を招いてくださって、師事できることになりました。お習いする前に本條先生の演奏会を聴きに伺い、それがもう衝撃的な体験でした!一発目の音からもう完全に異次元なんですね。開放弦をテーンと鳴らしただけなのですが、三味線一丁でオーケストラのような音がして。すごい質量なんです。一音聴いて感動したという体験は、洋楽、邦楽含めて初めてのことでした。その後、大学と並行し、通いの弟子とさせていただき、さまざまな現場に連れていただきながら鍛えていただきました。

現代作品との刺激的な出会い

──三味線といえば伝統的な邦楽のイメージをもつ方が多いかもしれませんが、どういった経緯で現代音楽の世界に進まれたのでしょうか?
H:そもそも桐朋短大は現代邦楽に特化していたんです。古典は学んだという前提で新しい音楽をやる。講師に箏の野坂惠子先生(二代目 野坂操壽)をはじめとして私の入学する前年の2001年に設立されたのです。
短大にはアンサンブル・ノマドの佐藤紀雄先生のように洋楽器と邦楽器を混ぜていろいろなことをやろうとしていた先生もいらっしゃって、ライリー、ジェフスキー、ライヒも勉強しました。また作曲家の末吉保雄先生が曲を書いてくださったり、隣の音大のほうでの林光先生の授業にしのびこんだり、とても刺激的な毎日でした。本條先生もつねに新作を委嘱して初演されていましたから、そうした背中を見て、自分も早くからいろんな作曲家の方々に委嘱するようになりました。

──本條秀太郎先生から学んだもっとも大切な教えは?
H:「心構え」ですね。今もいちばん気を付けているのは自分のフォームです。 三味線は油断するとすぐにフォームが崩れてしまうんです。それは洋楽器と違う点だと思います。日本の楽器には無骨で不完全な部分があって、弾く位置や腕をのせる位置なども絶えず変わるため、奏者のほうもつねにフレキシブルでなければならないのです。いつも弾いているからこんな感じでいいやと思うと、落とし穴がある。そのことをつねに意識しなさい、ということを先生に教わり、とてもありがたく思っています。

三味線を世界に羽ばたかせたい

──さて、今回は藤倉大さんの三味線協奏曲(アンサンブル・バージョン)をいずみシンフォニエッタ大阪と共演します。これは、本條さんが以前藤倉さんに委嘱した三味線独奏のための「Neo(音緒)」を核としていますが、そこから三味線協奏曲へ至るいきさつについてお話しいただけますか?
H:藤倉大さんに三味線の独奏曲を委嘱したのは2014年のことでした。その頃にはすでにいろいろな方に曲を委嘱をしていたのですが、三味線が世界に羽ばたいていくために藤倉さんにお願いしたわけです。きっと藤倉さんのような規格外の作曲家なら、誰も弾けないようなすごい曲が出来上がるのではと思って。そうしましたら意外にも伝統的な奏法を使った一見シンプルな曲だったのですが、弾いてみたらこれが難しくて、実際に弾けるようになるまでに2年間かかりました!でも「Neo」は初演以来、反響がすごくて、邦楽器奏者のあいだで藤倉さんに委嘱したいという人が一気に増えたんですね。こうした広がりはそれまでにありませんでした。
それで、次は藤倉さんに協奏曲を書いてほしいと思うようになりました。世界的に知られている邦楽器を用いた協奏曲といえば、武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」ですが、初演から半世紀近くたつのに、それに続く作品があまり出てきていません。外国でも演奏できる協奏曲を書いてくださるのは藤倉さんしかいないと思って、お願いしたところ、「Neo」を核にしようということになりました。曲の構成は、「Neo」の3部分をそれぞれ拡充し、カデンツァを加えた形を取っています。

──協奏曲の反響はいかがですか?
H:2019年にニューヨークでアンサンブル ICE と世界初演し、以来、ノルウェーや英国、そして国内では都響や名古屋フィル、アンサンブル・ノマドなどと演奏を重ねてきました。『ニューヨーク・タイムズ』では「パガニーニのようなソロ」と評されましたが、技術面のみならず音楽面においてもヴィルトゥオーゾな作品だと言えると思います。 三味線奏者としてはオーケストラと共演することはほとんどないことですので、毎回がバトルだと思って臨んでいます。とくに飯森マエストロはあらゆる楽器と共演していらっしゃる方ですので、たいへん楽しみにしています。

──本條さんは住友生命いずみホール初登場だそうですね。
H:はい、いずみホールで演奏させていただくのは初めてになります。私自身、大阪の人や風情がたいへん好きで、よく文楽を見に行っていますし、枚方や岸和田で演奏をさせていただいたこともあります。大阪は三味線の発祥の地でありますから、その意味においてもまっさらな気持ちで弾きたいと願っています。

ジュピター204号掲載記事(2024年1月11日発行)

プロフィール

三味線奏者

本條秀慈郎

本條秀太郎に師事。桐朋学園短期大学部卒、杵屋勝芳壽に師事。2016年ACCフェロー受給によりNYに留学。第72回芸術選奨文部科学大臣新人賞。第70回文化庁芸術祭新人賞、第25回出光音楽賞、第27回京都青山音楽賞青山賞、第12回宇都宮エスペール賞、第12回創造する伝統賞など受賞。22年ジョン・ケージらも務めたアメリカU.C DAVISのアーティスト・イン・レジデンスに選出。

プロフィール

ライター

後藤菜穂子

桐朋学園大学卒業、東京芸術大学大学院修士課程修了。音楽学専攻。英国留学を経て、2020年までロンドン在住。「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等に執筆。訳書に「クラシック音楽家のためのセルフマネジメント・ハンドブック」(アルテスパブリッシング)、H.サックス「〈第九〉誕生」(春秋社)他。桐朋学園大学非常勤講師。