クラシックとポップスは異なる素晴らしさを持つ世界。そこで最高のものをめざしたい-ロー磨秀インタビュー
2023.03.23 インタビュー 逢坂 聖也
パリ国立高等音楽院のピアノ科と修士課程を最優秀および首席で卒業、数多くのコンクールで入賞歴を持つクラシック・ピアニスト、ロー磨秀。彼のもう1つのプロフィールはのびやかな歌声とカラフルなポップセンスで聴く者を魅了するシンガーソングライター、マシュー・ローだ。4月28日(金)、ミュージック・サプリに登場する2つの世界を持ったミュージシャン、ロー磨秀にインタビュー。オンライン・ジュピターならではの拡大版でお届けします。
–ロー磨秀さんの活動を教えてください。
クラシックのピアニストとして演奏活動を行っています。音楽大学へ行って留学して、ずっとそちらをやって来たんですが、一方で子どもの頃から自分で作曲したり歌ったりすることに興味があって現在はシンガーソングライターとしても活動しています。自分の音楽を始めたきっかけは、小学校の高学年の頃、ピアノのレッスンのために通っていた駅のCDショップで、ポップスをはじめとするいろんな音楽と出会ったこと。そこでクラシック以外にもこんなに自由な音楽があるんだっていう発見があったんです。
–その頃出会った音楽や影響などをうかがえますか?
当時は洋楽にはまっていて、最初に両親に買ってもらったCDがアバのグレイテスト・ヒッツ。それから自分のおこづかいで初めてヴァネッサ・カールトンのCDを買ったんです。ただ4歳からピアノを始めてまだまだクラシックを勉強中の時期だったので、そちらから受ける影響が大きかったと思います。小学校4年生の時にドビュッシーのアラベスク第1番を聴いたことが、自分にとって原点になりました。音のぶつかり方、混ざり方がそれまで弾いていたバッハなどとは全然違う。まだ音楽史的なこととかわからなかったので「ああ、なんかこれが好きだ」っていう感覚を覚えて…。それを追いかけ続けてパリへ留学して、コンセルバトワールで(ドビュッシーが影響を与えた)メシアンやその周辺を研究して、という道へ進みました。
–「なんかこれが好きだ」っていうその感覚。ひょっとすると磨秀さんは、クラシックやポップスというジャンルの違いよりも、そんな感覚を探しながら音楽を聴いて来たのではありませんか?
それはあると思います。今まで得たことない感覚だったり音に対して、すごく喜びを感じるので。テクノやロックを聴いてもそんな風に感じることはあります。そういった感覚は実はいろいろとつながっていて、僕はパリにいた頃、ポンピドゥー・センター(※1)が大好きで、シャガールとかクレーとかミロとかの絵を1日中見ていたりしたんですが、そうした作品には独特の色彩があって、孤独感がありながら自分の中に向かっていく小宇宙のような世界もある。音楽であっても絵画であっても、そういうものに触れて自分の中に感じる喜びがすごくインスピレーションを刺激してくれることがあるんですね。アーティストはみんなそうだと思うんですけど、自分にもそういう瞬間を求めて生きてる部分っていうのは多々あるような気がします。
–デビューアルバム『メランジェ』を聴きました。ドビュッシーやメシアンのピアノ作品と並んで収められた、ガーシュウィン『サマータイム』のヴォーカルが新鮮です。
基本シンガーソングライターですが、カバーも好きでライブでは時々やりますよ。もちろん歌う時は自分の声に合うものを選びますが、往年のジャズ・ヴォーカル、エラ・フィッツジェラルドとか、フランク・シナトラなども大好きです。じゃあ、クラシックを演奏する時と自分の曲やポップスを演奏する時と、あなたの中では何か違うんですか?ということをよく訊かれるんですが、これも、おそらく周りが思ってるほど自分では切り替えていないんです。さっきお話したように僕の中ではつながっていて、相互作用的に影響していることに最近気づいたので。むしろそんな世界を拡げてゆくために、脳みそのオープンさが必要だなって感じています。
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–ではロー磨秀とマシュー・ロー、2つの名前を使い分けるのはなぜでしょう?
クロスオーバー的にちょっとクラシックっぽいことやるポップスの人、あるいはポップスみたいなことをやるクラシックの人という風に受け取られたくないからです。どちらも大好きだからこそ逆に混ぜたくない。というのは、僕は16歳の時に局所性ジストニア(※2)という病気を発症してしまっていて、自分がピアニストとしてやっていけるのは今しかないと思っているんです。いつか自分の思うような形でピアノが弾けなくなるかも知れない。でもそうなった時に、だから安易にポップスに逃げたなんて思われるのは一番嫌なので、2つのジャンルで活動するからには初めからそれぞれの最高のものをめざして行こうと思ったんです。クラシックとポップスは異なる素晴らしさを持つ世界だから、僕もそこでは名前を分けて活動してそれぞれのジャンルを究めたい、そんな風に考えています。
–コンサートが楽しみです。どんなステージにしたいですか?
前半はピアノソロ、後半は弾き語りをお届けするという構成にしようと思っています。いずみホールみたいに大きなホールで演奏するというのは僕の1つの目標だったので、実現できてすごくうれしいです。クラシックホールのコンサートでありながら、2時間がっちりクラシックを聴かせるという感じではなくて、普段の疲れを癒せるように、みたいなことがコンセプトになっているのが素敵ですね。お客さまはクラシックを聴きたいと思って来てもらってもいいし、ポップスを聴きたいって思って来てもらってもいいんだけど、コンサートが終わった時にクラシックを聴きに来た人が「ポップスっていいね」って思ってくれて、逆にポップスを聴きに来てくれた人が「クラシックの曲がめちゃくちゃかっこよかった」って思ってくれたら最高ですね。願わくばその両方のお客さまが混在していてくれたらって思っています。
※1 :ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター
パリ市中央に位置する近代芸術拠点。主に公共情報図書館、国立近代美術館、映画館、国立音響音楽研究所(IRCAM)などで構成される。
※2 :局所性ジストニア
不随意な筋肉収縮を引き起こす神経疾患の1つ。演奏家に多く見られ、ピアニストの場合、特定の指の運びができなくなるなどの症状が現れる。決定的な治療法は発見されていない。
ジュピター199号掲載記事(2023年3月15日発行)※掲載記事に一部加筆、修正を加えています。
ロー磨秀(ピアノ/シンガーソングライター)
Matthew Law (Piano/Singer-songwriter)
桐朋学園大学音楽学部を経てパリ国立高等音楽院のピアノ科および修士課程を、審査員満場一致の最優秀および首席で卒業。
2012年第8回ルーマニア国際音楽コンクールで第1位と最優秀賞、2015年第1回デュオ・ハヤシ・コンクールで第1位、2006年第60回全日本学生音楽コンクール東京大会・全国大会第1位を受賞するなど国内外で数多くのコンクール歴を持ち、日本・欧州各地でリサイタルも開催し幅広い活動を行っている。
ピアノを勝又浅子、今泉統子、高良芳枝、二宮裕子、ジャック・ルヴィエ、オルタンス・カルティエ=ブレッソン、フェルナンド・ロッサーノに師事。
2021年9月、クラシックアルバム『Mélangé』でCDデビュー。
また、シンガーソングライターとしての一面を持ち、2019年配信シングルのデビュー以降、サブスクのプレイリストに複数選ばれ、20年6月のアルバム『LOST2』では各種タイアップを獲得している。2021年6月には、ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」(カンテレ/フジテレビ系列)の挿入歌の作詞を担ったことでも話題を得ている。また、同年8月にはMBSお天気コーナー秋のタイアップ曲「Promenade~秋晴れ~」を書き下ろし、デジタル配信された。
■公式WEBサイト
https://columbia.jp/matthewlaw/
プロフィール
音楽ライター
逢坂 聖也(おおさか・せいや)
大阪芸術大学卒業後、大手情報誌に勤務。映画を皮切りに音楽、演劇などの記事の執筆、配信を行う。2010年頃からクラシック音楽を中心とした執筆活動を開始。現在はフリーランスとして「音楽の友」「ぴあ」「関西音楽新聞」などのメディアに執筆するほか、ホールや各種演奏団体の会報誌に寄稿している。大阪府在住。
関連公演情報
- ミュージック・サプリ vol.16 ロー磨秀
- ロー磨秀(クラシック・ピアニスト/シンガーソングライター)
日時 2023年4月28日(金) 開場18:30 開演19:00 終演21:00予定 演奏曲目ピアソラ(マシュー・ロー編):リベルタンゴ ガーシュウィン:プレリュード ガーシュウィン(マシュー・ロー編) : I got rhythm マシュー・ロー:Portable Sunshine、Shine リチャード・ロジャース&ロレンツ・ハート:My Funny Valentine ほか
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