
音楽と、風景と、身体と「山田和樹さんのこと」
2025.03.21 エッセイ 堀朋平エッセイ
「メンデルスゾーン──光のほうに」(1月22日~29日)。世界に名をはせる指揮者・山田和樹さんと大阪4オケの協働イベントが終演しました。企画・監修として、全公演のプログラムとタイトル、解説ブックレット、字幕、そしてマエストロとのプレトークまでお任せいただいたのは、最大の栄誉でした。ホールの総力をあげたプロジェクトにご協力くださった皆さまに、心から感謝申し上げます。
おもえば2年前の「シューベルト交響曲全曲演奏会」(2022年9月、全4公演)のさなか、マエストロの頭にはもう新しい“かたち”が降ってきていたのでしょう。住友生命いずみホールでこそ可能な、さらに心躍る日々のイメージが。「堀さん、メンデルスゾーンも愛せますか?」2022年のプレトークで山田さんは私にこう尋ねられました。答えはもちろんイエス。時宜を逃さずアーティストのアイディアに沿うことこそ、アドバイザーの使命だからです。
ホールの力も、これ以上ないほど引き出されたように思います。大規模合唱による中2日はかつてない迫力でしたし、作曲家の最高峰たる《スコットランド交響曲》で閉じられた最終夜では、たっぷりしたテンポ設定のおかげもあり、微笑みながら歩いていく作曲家がまざまざと浮かんでくるようでした。あるいは、いろいろな楽器の組み合わせで繰り返しこだまする《イタリア交響曲》の第1テーマといったらどうでしょう。シューベルトにはまだなかった──まるで12色のパレットが24色に増えたような──芳醇かつ優しい音楽に浸れたことで、私個人にも新たな人生のフェイズが拓かれました。シューベルトの孤独にはない、これこそ“みんな”で喜びあうメンデルスゾーンの神髄です。他者のポテンシャルをぐいぐい引き出しながら周囲を“幸せ色”に染めていく魔法使い。これがヤマカズの正体なのです。
すごく繊細な面もみせる。「堀さん、今日は泣いた?」なんて打ち上げでよく訊いてくるのは、たぶんご自身も涙もろいから。最終夜で《スコットランド交響曲》が鳴り終えたとき、その共同体的終止に反して、私は個人的に感きわまってしまい、しばらく楽屋に引っ込むしかありませんでした。ひとりの音楽家に“変えられた”幸せを、いま噛みしめています。
(1月31日、シューベルトの誕生日に)
ジュピター211号掲載記事(2025年3月13日発行)
プロフィール
Tomohei Hori
堀 朋平
住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学・九州大学ほか非常勤講師。東京大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッシング、2023年)で令和5年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(評論部門)受賞。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデュッセイ』(法政大学出版局、2016年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋社、2012年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシング、2017年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解釈』(音楽之友社、2016年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022年)など。やわらかな音楽研究をこころざしている。
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