フランス・オルガン音楽の魅惑 ミシェル・ブヴァール インタビュー
2021.09.14 インタビュー オルガン 白沢達生
住友生命いずみホール(以下いずみホール)のオルガンはフランスのケーニヒ社が設計した、さまざまな音楽に対応できる楽器。色々な演目を通じてその魅力に迫る三年がかりのシリーズが2021年11月から始まります。まずはフランスからミシェル・ブヴァールさんが来日。現代にいたる六つの世紀にまたがる同国のオルガン音楽の歩みを辿ります。演奏会に先立ち、ピアノやヴァイオリンより遥かに長い歴史を誇るそのユニークな世界の面白さについて伺ってみました。
白沢達生(翻訳家・音楽ライター)
——今回は全てフランスの音楽とはいえ、実にいろいろな時代から作品が選ばれていますね!まずはこの選曲についてお話しいただけますか。
ミシェル・ブヴァール(以下MB):今回の選曲は単に「曲を選ぶ」というだけで終わらず、さまざまな問題に関してじっくり考え直す機会になりました。ホールからは、今回に始まる全三回の演奏会で「フランスのオルガン音楽」を紹介してほしいと依頼されましたが、現代までの六世紀もの蓄積を三回の演奏会に凝縮するなど至難の業です。その挑戦にやり甲斐を感じてお受けしました。
——実際、各世紀からまんべんなく選曲されているようで、よく見ると「あえて」の選択も感じられます。
MB:いずみホールのオルガンはよく考えられた作りになっていて、フランス音楽に縛られず選曲することも可能でしたが、二人のオルガニストと一日がかりで弾き確かめ、この楽器をいずみホールの音響条件で弾くからこそ引き立つタイプの音楽がどういうものか見定めました。あとは、三回の演奏会それぞれが単体でも十分に面白く、続けて聴くとますます意味深い、そんな選曲を目指しました。楽器との相性以外でも意識したことはあります。まず、フランスのオルガン音楽に大きな足跡を残したフランクの生誕200周年(2022年)をまたいで、彼の『三つのコラール』から毎回一曲ずつ弾くこと。この作品はフランクの最晩年に書かれた遺産というか、音楽活動の総括ともいうべき重要作ですからね。
次に、他の楽器編成のために書かれながらオルガンの演目としても広まった曲もいくつか選び、オルガンと管弦楽の歴史を同時に辿れるようにすること。また、オルガンの本分である即興演奏が作品誕生の由来になっている曲も必ず入れるようにしました。そしてもう一つ……同じ旋律をもとに違う作曲家が書いた作品をいくつか選んで、演目同士の連関も味わえるようにしたいとも考えました。11月の演目だとデュプレ、アラン、デュリュフレの作品がその例にあたります。
——公演タイトルに「初めての旅」とある点も目を引きますね。
MB:まずは分野全体のよい紹介になる選曲を意識しつつ、ルネサンスから第二次大戦頃までを扱います。来年と再来年は別の奏者が弾きますが、この人選も任せていただいて。候補は15人ばかり名前が挙がりましたね。でも企画の趣旨に照らして熟慮した末、最終的には今とくに活躍めざましい二人に絞られ、幸いにも出演承諾をいただきました。来年はトマ・オスピタルがラヴェルの『マ・メール・ロワ』を自ら編曲して弾きますし、再来年はパリのノートルダム大聖堂の専属奏者の一人ヴァンサン・デュボワが大聖堂の伝統と即興演奏の足跡を伝えてくれます。
——いずみホールのオルガンを、ブヴァールさんはどう見ていますか?
MB:整音*がここまで見事な楽器は珍しいですね。イヴ・ケーニヒ設計によるこの種の楽器では一番ですよ。ケーニヒ社の楽器は日本でここにしかありませんね。彼が手掛けた楽器では一番大きいものだそうですが、ケーニヒ社らしさがよく守られていると思います。彼の工房の仕事は私の先生でもあるフランスの大家アンドレ・イゾワール(1935〜2016)も絶賛していて、とくに内部機構を本当によく調えてあるんです。鍵盤に触れた指のタッチに敏感に反応してくれるのが大きな特徴なのですが、いずみホールの楽器はあれほど大きいにもかかわらず、その点がまったく損なわれていませんね。
*オルガンの最終調整で、音色と響きを調えること。
楽器としての精密さ(特に鍵盤のタッチ)、そして幅広いレパートリーに応じる豊かな可能性。
——弾いていて思い出す他の楽器はありますか?ヨーロッパにある楽器とか……。
MB:フランス・ブルターニュ地方のサン=マロ大聖堂にもケーニヒ社の大きなオルガンがありますが、あれとはまた別の方針で作られた楽器だなと感じます。いずみホールのものはより多様な演目に対応できるようにできていますね、この点でも他に類例がない楽器といってもよいくらいです。あとは大きい楽器といえば札幌のコンサートホール Kitara にあるケルン社の楽器が連想されますが、あれともまた違います。それぞれに特徴がある。その上でいずみホールのオルガンは本当に洗練された楽器だと思いますよ。
——ケーニヒ社はアルザス地方に本拠があるのですよね。
MB:フランスとドイツ、どちらの文化も受け継いでいる土地ですね。オルガン作りも然り。大バッハの活躍地にも近いフライベルクに、アルザス出身の一族出身でバッハとも縁深いゴットフリート・ジルバーマンが作った楽器がありまして、これでバッハの曲と、彼と演奏対決するはずだったフランスの大家マルシャンの曲を弾いたことがありますが、どちらの作曲家の作品もぴたりと来る響きになって驚いたのを覚えています。
——ドイツの楽器でフランス音楽を弾くのは大変なことでしょうに。
MB:ええ。フランス音楽は時代を問わず、他国流の楽器で鳴らすのは至難の業です。どうにか音を組み合わせてフランスの楽器めいた響きにしなくてはなりません。工夫すれば必ず落とし所が見つかりますけどね。自分の演奏会でも、地元の人から「この楽器がこんなにフランスらしく響くなんて!」とよく驚かれます。しかしフライベルクの楽器には最初からフランス式の楽器特有の管が何種類も揃っていたんです! いずみホールの楽器もそういう良さがありますね。実際イヴ・ケーニヒもドイツをよく訪れていて、フライベルクの歴史的楽器もよく知っているとのことでした。
——改めて「フランスらしさ」とは何か?と思えてきました。
MB:ざっくり言うと、多声の絡み合いを大切にするのがドイツのオルガン音楽で、これに対してフランスのオルガン音楽は「色彩の音楽」。異なる管同士が作り出す音色の多彩さを大切にする世界ですね。バロック期のクープランも20世紀のメシアンも、その点は同じです。
——オルガンのそうした特徴を活かして、オーケストラ曲の編曲がなされたり……。
MB:管弦楽曲の編曲は、私は積極的には弾きません。最近は他の多くのオルガニストが演奏していますし、それで本来のオルガンのために書かれた名作の演奏機会が減っては元も子もありませんから。ただ、まるで最初からオルガン曲として作曲されたかのように響く編曲もまれにあって、そういうものには心動かされますね。
——パイプオルガンはもともと教会の楽器でしたよね。今でこそコンサートホールにもありますが。そのあたりの違いはどう感じますか?
MB:教会の演奏会での難点は、演奏台が客席から見えにくいことと、固い椅子に長時間皆さんを拘束してしまうことですね。一方コンサートホールで最も難しいのは、オーケストラやピアノがうまく響くよう設計された場所ではオルガンは残響が乏しくなってしまうこと。フランスのオルガン音楽では致命的です。19世紀以降のいわゆるシンフォニックな作品も含め、多くはもともと教会のために書かれた曲ですからね。ところが、例外的にうまくいっているホールのオルガンも存在するのです。フランスでは最近できたフィルアルモニー・ド・パリの楽器などがそうですが、いずみホールもまさにそうした貴重な成功例の一つですね。私はホールで弾くのは好きですよ。客席の反応がダイレクトに伝わってきますし。そういう場所が多い日本のオルガン音楽の環境は素晴しいと思います。
——本来の響きか、客席との距離感か……難しいところですね。
MB:でも場所にかかわらず、「教会の楽器」と決めつけずに「オルガンという楽器ならでは」の世界を味わっていただけたら、ともよく思いますね。レクチャーコンサートも最近はよくやるようにしています。これも教会かホールかを問わず、ですね。
——最後に、今回のリサイタルの聴きどころなど日本の皆様にメッセージを下されば幸いです。
MB:今回の「最初の旅」では、 16 世紀まで 6 世紀の時を遡り、各時代からそれぞれ最高のオルガン作曲家たちの音楽を厳選しました。知名度の低い作曲家の作品も、ぜひ魅力に気づくきっかけにしてくだされば幸いです。見事な楽器で演奏できるのが楽しみです、お越しくださる方々に後悔はさせませんよ。
ミシェル・ブヴァール
Michel Bouvard
フランスオルガン界の巨匠のひとりとして世界的に認められ、これまでに 25 か国以上で千回を超えるコンサートを行っている。L.ヴィエルヌに師事、作曲家のジャン・ブヴァールを祖父にもち、パリ国立高等音楽院で初期教育を受け、A.イゾワール、J.ボワイエ、F.シャプレ、M.シャピュイのもとで研鑽を積んだ。1983 年トゥールーズ国際オルガンコンクールで優勝。1985 年トゥールーズ地方音楽院のオルガン教授に就任。1995 年パリ国立高等音楽院のオルガン教授に就任。1996 年トゥールーズのサン・セルナン・バジリカ大聖堂の歴史的なカヴァイエ=コル・オルガンの正オルガニストに任命され、2010 年からはヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂の4名の首席オルガニストのひとりとして名誉ある職務を任されている。
ジュピター190号掲載記事(2021年9月14日発行)※掲載記事に一部加筆、修正を加えています。
プロフィール
翻訳家・音楽ライター
白沢 達生
英文学専攻をへて青山学院大学大学 院で西洋美術史を専攻(研究領域は 18~19 世紀フランスにおける 17 世 紀オランダ絵画の評価変遷)。雑誌編集・音源輸入販売を経て、仏・伊・ 英・独・蘭・西語などの翻訳と記事執筆も手がけるように。Alpha、 Arcana、Glossa、Indésens 、Calliopeなど欧州レーベル CD ライナーノート翻訳・執筆多数。単独訳書にジル・カンタグレル著『バッハを愉しむとき』(仏 Alpha)、カミーユ・ド・レイク著『フィリップ・ ヘレヴェッヘとの対話』(ベルギー Phi)。遠藤雅司主宰『音食紀行』や コストマリー主宰中世イベント、室内楽企画 Music Dialogue、ミューザ 川崎MUZAミュージックカレッジなどで話し手としても活動。TBS ラジオ「アフター6 ジャンクション」、有線放送ミュージックバー ド、コミュニティ FM などラジオにも定期的に出演。ポッドキャスト「南青山の片隅でクラシック酔談」出演中。ウェブマガジンONTOMO連載『ジャケット越しに聴こえる物語』他などWeb記事も手がける。