
音楽と、風景と、身体と 「深掘りの鬼」
2025.01.28 エッセイ 堀朋平エッセイ 堀 朋平
深掘りの鬼
ホール・スタッフとのたまの飲み会。ほぼ同年代なので、子供のときに熱中した漫画やゲームで盛りあがれる、貴重な時間です。
とくに心がざわめいたのは、手塚治虫『火の鳥』(1954-88)の話題。おもえば小学生のとき、家族で泊まった信州の旅館で手にとった漫画です。とくに「異形編」という短編に、輪廻と無限をめぐる思想が詰まっていて宇宙に放り出されたような気持ちになり、しかもそういう物語群が――まさに宇宙へと――数珠つなぎになっている事実にまた圧倒されました。家の外で、予期せず訪れる、数時間だけの経験――そんな子供時代の思い出の火がふたたび灯った気がして、冬の楽しみに電子書籍で全巻買いました。
手塚は漫画を変えたと言われます。「〇〇の概念を変えた人(作品)」というのは少なくありませんね。ベートーヴェンが交響曲を、シューベルトが歌曲を変えたことは、拭いがたく歴史に刻まれています。それの「どこが、なぜ」新しいのか、識者の説明を聞いて納得・反発し、また観かえすというプロセスが、体験をさらに高めてくれる。最近ではこの手の解説/批評コンテンツがYouTubeにも目白押し。「よくこんなことに気付けるな」とか「この人には対象への愛があるな」とか、いわば研究者それぞれへの愛着が出てくるのも道理です。
冒頭にふれた同僚たちが絶賛していたテレビドラマが、『海に眠るダイヤモンド』。現在(2024年11月24日)第5話まで放映されています。朝ドラや松本清張や恋愛リアリティショーの意匠を借りつつ、そのどれをも呑み込む壮大な世界を作り上げている。脚本は、今をときめく野木亜紀子さん(ツーショットを撮ったことがあります!)。日本の1955年と2018年を行き来しつつ、人をそうさせている環境の無情やそうではなかったかもしれない世界線を考えさせるので、3度4度と観かえすほどに浸みてくる。野木ドラマの概念をも更新する作品ではないでしょうか。
ネット上の秀逸な解説者たちは、初期段階で“謎”のありうべき解を細大もらさず整理したり、過去作を参照して「野木さんは第4話でパンチを利かせるのが常道」とか教えてくれたりします。なるほど……おかげで全可能性を想定できてしまうので、予習ばっちりすぎて「もはや何が起きても動じない」耐性ができあがってしまった!こんな“深掘りの鬼”がわんさか出てくることを、作者は想定していたでしょうか?勉強のしすぎは感動を奪うというジレンマに(研究者として)少しうろたえる日々です。
ジュピター210号掲載記事(2025年1月20日発行)
プロフィール
Tomohei Hori
堀 朋平
住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学・九州大学ほか非常勤講師。東京大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッシング、2023年)で令和5年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(評論部門)受賞。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデュッセイ』(法政大学出版局、2016年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋社、2012年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシング、2017年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解釈』(音楽之友社、2016年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022年)など。やわらかな音楽研究をこころざしている。
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