霧に包まれたような、遠い昔を振り返るプログラム<br>ヴァイオリニスト、庄司紗矢香インタビュー

霧に包まれたような、遠い昔を振り返るプログラム
ヴァイオリニスト、庄司紗矢香インタビュー

2026.01.23 インタビュー

ヴァイオリニストの庄司紗矢香がピアニストのジャンルカ・カシオーリとともに、4年振りに住友生命いずみホールに帰ってくる。二人は、2009年に初共演して以来、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を録音し、現在はモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集の録音に取り組む(既に2枚リリースしている)など、コラボレーションを続けている。前回(2022年)のリサイタルは、ガット弦を張ったヴァイオリンとフォルテピアノによるモーツァルトやベートーヴェンなどの古典派プログラムであったが、今回は、通常のモダン楽器で18世紀のモーツァルトから20世紀のダラピッコラまで幅広い時代の作品を演奏する。何かに留まることなく、常に自由に新しい音楽を創ろうとする庄司紗矢香に、2月のデュオ・リサイタルについてきいた。

──この11月は広島交響楽団や東京都交響楽団とシューマンのヴァイオリン協奏曲を演奏されましたが、庄司さんにとって2025年はどのような年でしたか?

庄司:2025年はある種の節目であった様に思います。ウィーン楽友協会での演奏会(ガブリエル・ベベシェレア指揮トーンキュンストラー管弦楽団とのブラームスの協奏曲)に始まり、様々な素晴らしい共演者とシューマンやブラームス、ベートーヴェンを中心に取り組む機会を得ました。また熟考を重ねた上でのモーツァルトの協奏曲(3月のシュトゥットガルト室内管弦楽団、4月のKBS交響楽団、プラハ・フィル、8月のイタリアのボルツァーノ弦楽アカデミーとの共演)も刺激的な経験でした。来年からは、新たなレパートリーの準備期間に入ります。準備し、舞台を踏み、煮込み、寝かす、起こすという緩やかな螺旋階段の様なプロセスを、この25年間繰り返しています。

──2月のリサイタルは、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ ヘ長調K.376、ブラームス、ディートリッヒ、シューマンの3人の共作である「F.A.E.ソナタ」、20世紀イタリアの作曲家ダラピッコラ(1904~1975)の「タルティニアーナ」第2番、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」というプログラムですが、全体を通してのコンセプトは何ですか?何かテーマやストーリーのようなものはあるのですか?

庄司:いつもリサイタルでは、その時に取り組みたい曲を中心に組みます。そこから超現実主義者の様に、隠れた無意識下の意味をアナライズするのも面白いです。
今回はブラームスの第1番『雨の歌』の詩の様に霧に包まれたような、何かの香りを頼りに思い起こす遠い昔を振り返るようなプログラムになっています。これはシエナで室内楽を勉強した90年代に、ダラピッコラの楽譜を手に入れ、ずっと公に弾く機会を待っていた事も、私の子供時代の思い出として繋がります。
ダラピッコラは、「タルティニアーナ」第2番(※1)でバッハが使った様々なカノンを使用しており、作曲法の観点からも興味深い作品だと思います。
F.A.E.ソナタではライン川へ向かう直前にいるシューマンとシューマンに出会ったばかりの若きブラームス、そしてギゼラ(ギゼラ・フォン・アルニム)への複雑な関係に悩む22歳のヨーゼフ・ヨアヒム(※2)、しかもそこにはギゼラ自身と、ベートーヴェンやゲーテのミューズでもあったベッティーナ(ギゼラの母でもある、作家のベッティーナ・フォン・アルニム)も居合わせる。若さと年を経てからの想いが交差する、矢印が交わる様な… レミニセンスという美しい言葉が思い起こされます。

──2022年のカシオーリさんとのリサイタルでは、ガット弦のヴァイオリンとフォルテピアノが使われましたが、今回はモダン仕様の楽器で演奏されると聞きました。

庄司:ジャンルカとはモーツァルトのソナタをフォルテピアノとヴァイオリンのデュオで取り組んできましたが、今回は他の曲に合わせて普通のピアノで弾きます。
前回の時もガット弦&フォルテピアノという表面的な設定が必ずしも我々のアプローチにおいて一番重要なポイントではない、ということをお伝えしているのですが、それを再びコンファームする形となります。

──住友生命いずみホールについての何か特別な思い出やエピソード、あるいは印象などがあれば教えていただけますか?

庄司:いずみホールは舞台裏の『ムンクの叫び』の人形を思い起こします(お客様は知らないかもしれませんね)。というのは冗談ですが、いつもリサイタルで伺っていて、素晴らしい音響のホールで毎回温かいお客様と音楽を分かち合えることを楽しみにしています。

住友生命いずみホールでの前回の共演(2022/12/8)

──庄司さんの舞台衣装が個性的だと思うのですが、どのようなことにこだわっていますか?

庄司:動きやすさを一番に考えています。あと寒がりなので暑い時を除いては長袖にしています。

──音楽以外に特に関心を持っていることは何ですか?それについてお話ししていただけますか?

庄司:読書と自然でしょうか。ガストン・バシュラール(※3)の夢想の詩学は今回のプログラムについての考えにも影響していると思います。今週はアルセニー・タルコフスキー(※4)の詩に没頭しています。あとは土いじりや森の散歩、植物の世話をするのが好きです。

──ありがとうございました。

※1 イタリア・バロック時代の作曲家、タルティーニの主題をもとにしている
※2 ブラームス、ディートリヒ、シューマンの共通の友人であり、F.A.E.ソナタの献呈を受けた名ヴァイオリニスト
※3 フランスの哲学者(1884~1962)
※4 ウクライナの詩人、映画監督アンドレイ・タルコフスキーの父(1907~1989)

モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集 Vol.2
庄司紗矢香(ヴァイオリン)、ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピアノ)
収録曲/モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ
第25番、第34番、第40番
ドイツ・グラモフォン 3,300円(税込)

ジュピター216号掲載記事(2026年1月15日発行)

プロフィール

Sayaka Shoji

庄司紗矢香

東京に生まれ、3歳でイタリアのシエナに移住。キジアーナ音楽院とケルン音楽大学で学び、14歳でルツェルン音楽祭にて、R.バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団との共演でヨーロッパ・デビュー、及びウィーン楽友協会に出演。 1999年パガニーニ国際コンクールにて史上最年少優勝。以来、多数の一流指揮者、オーケストラと共演を重ね、また、リサイタルや室内楽の分野でもその実力を遺憾なく発揮してきた。2012年日経ビジネス「次世代を創る100人」に選出。2016年「毎日芸術賞」受賞。2025年第37回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞。 使用楽器は上野製薬株式会社より貸与されているストラディヴァリウス「レカミエ」1729年製。

プロフィール

Haruo Yamada

山田治生

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。1987年慶應義塾大学経済学部卒業。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」、「トスカニーニ」、編著書に「戦後のオペラ」、「バロック・オペラ」、「オペラガイド」などがある。

関連公演情報
庄司紗矢香(ヴァイオリン) & ジャンルカ·カシオーリ(ピアノ)
デュオ·リサイタル
2026.2/26(木)19:00 開演

【曲目】
W.A.モーツァルト : ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 K.376
J.ブラームス、A.ディートリッヒ、R.シューマン : F.A.E. ソナタ
L.ダラピッコラ : タルティニアーナ 第2番
J.ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ 第1番 op.78 「雨の歌」

【料金】
一般 ¥7,000 U-30 ¥2,000 フレンズ ¥6,300

公演情報はこちら
庄司紗矢香(ヴァイオリン) & ジャンルカ·カシオーリ(ピアノ)<br>デュオ·リサイタル