音楽と、風景と、身体と「いのちの土」
2026.01.23 堀朋平エッセイ 堀 朋平
いのちの土
身体がちぢこまって、いっそ冬眠したくなるのがこの季節。ヨーロッパはもっと過酷ですね。ウィーンやパリなど、わりと南寄りの都市でも北海道より緯度が高いですし、アルプスの山々が近いので、ときには凍える冷え込みに。
“冬と春”は古今で変わらない音楽のテーマですが、「春は名のみの 風の寒さや」とささやかに歌う日本と少しちがって、西洋のクラシック音楽ではずいぶん勇ましく語られてきました。たとえば……「やさしき武器で春が世界をねじふせると/たくましき武器に冬も嵐も逃げ去った」。旧きものの退散が、新しき愛の芽生えと重なって、大きくドラマを動かします(ヴァーグナー《ヴァルキューレ》第1幕)。
何もかも枯れ果てたあと、やがて新たな生命が生まれてゆく。これは時代や文化を超えたダイナミズムなのでしょう。日がいちばん短くなる、つまりそこから再生がはじまる異教の冬至(12月25日)にあわせて、ローマ帝国はキリストの誕生日を設定したのですから。再生がもっとも鮮やかな5月も、地母神を信仰するケルトなどでは盛大に祝われていたといいますが、これも「マリアの月」としてキリスト教世界に受けつがれます。
話は変わりまして、昨年5月、母の住む田舎の家に帰ったおり、窓辺の土にユウガオをせっせと植えました。ツタはゆっくり確実にその腕をひろげ、夏には立派な日よけになってくれました。でも霜月にはそろそろ陽の光が恋しくなりますから、思い切って処分。ネットにがっしり巻き付いた緑のツタに鋏を入れると、みずみずしい樹液がこぼれでてきます。葉陰には、中指よりも大きな青虫(ときに茶色)が何匹もひそんでいて、葉っぱにしがみついている。そのままそっと運んで「お引越し」してもらいました。
土をいじり、季節ごとの植物と付き合うことは、生命の滅びと再生をなぞることに通じるから気持ちが落ち着くのかも……青虫たちを見ながら、そう感じ入ったしだいです。泥まみれの少年時代には思いも及ばなかった感興でした。おもえば敬愛するアーティストには、やけに動物に好かれ、土いじりにハマるタイプがわりと多い。猫をなで、葉の土をはらうその手こそが、音楽に無限の生命を吹き込むのでしょう。
ジュピター216号掲載記事(2026年1月15日発行)
プロフィール
Tomohei Hori
堀 朋平
住友生命いずみホール音楽アドバイザー。国立音楽大学・九州大学ほか非常勤講師。東京大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッシング、2023年)で令和5年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(評論部門)受賞。著書『〈フランツ・シューベルト〉の誕生――喪失と再生のオデュッセイ』(法政大学出版局、2016年)、共著『バッハ キーワード事典』(春秋社、2012年)、訳書ヒンリヒセン『フランツ・シューベルト』(アルテスパブリッシング、2017年)、共訳書バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト――演奏法と解釈』(音楽之友社、2016年)、ボンズ『ベートーヴェン症候群』(春秋社、2022年)など。やわらかな音楽研究をこころざしている。
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