年間200回を超す演奏会を支える、いずみホールステージマネージャー・小味渕 彦之が、日々出会う音楽の様々な風景を綴ります。

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第76回「手がみたい!でもちょっと待って」


  みなさんはいずみホールにコンサートを聴きにこられる時、お気に入りの座席というのは決めてらっしゃいますか。「やっぱり真ん中」「後ろがいい」「かぶりつきが好き」色々な方がいらっしゃると思います。ところが「どうしても◯◯側」とお客さんの好みが特定されるジャンルがあるのです。下の2枚の写真をご覧下さい。これはある日のいずみホールの客席の様子です。上手と下手、両側からの写真を比べると、あることに気づかれませんか?
  明らかに座席の埋まり具合が、ステージに向かって左側の下手側にかたまっているのが、おわかりになられたと思います。なぜ下手に座りたいのかといえば、下手からしか見えないものがあるのです。それは「ピアニストの手の動き」です。この日は河村尚子さんのピアノリサイタル。いずみホール主催の「生誕200年シューマン2010 ーロマンの理想を求めてー」の第3回でした。お客様の多くが「手が見える」ということがかなり重要なことと認識していらっしゃるようで、チケットセンターで話をしていても「やっぱり、みなさん“手が見えるところ!”っておっしゃられるのよ」ということでした。
  88ある鍵盤を自在にあやつる姿は、見事な「技」としか言いようがありません。ピアニストごとに弾き方にも個性があって、その違いを楽しむためにも、手の動きを見たいという気持ちは、もちろんよくわかります。「音楽は聴くものであって、見るものではない」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、コンサートの醍醐味は目の前に演奏者がいて、その人が信じがたいほどの技巧で音楽を奏でる姿を見ることで、より一層ライブの臨場感が増すということは、当然のことだと思います。
  でもちょっと待って下さい。「じゃあ手の動きが見えない上手側はやっぱりよくない席なの?」という疑問が思い浮かびます。「そんなことはありません!」私はピアノリサイタルで自信を持って上手側の席をお薦めします。なぜって、ピアノの音がどの方向に発せられるかご存知ですか。もちろん楽器から全方向に様々な形で音が出ているには違いありません。専門的な話は避けますが、ピアノに極端な指向性があるわけではないのですが、屋根の形状と傾き方を考えてみてください。ハンマーが弦を打って出た音はピアノのボディを響かせて屋根ではね返ります。客席から見てピアノの弦が張ってある「中」がよく見えるのはどの方向からでしょうか。なんと上手側からなのです。つまりこの方向に最も開口部が多いということになりますから、音が最も直接的に出てくるのは、舞台に向かって右方向の上手側になるのです。
  もちろん、どこに座ってもピアノの音は様々な魅力を持って聴き手を捉えます。ただ、聴きにいらっしゃる方のお好みあまりに偏ってしまっているので、今回はあえて上手側の肩をもってみました。未経験の方はぜひお試しください。そういえばこんなことを思い出しました。何を隠そう20数年前、ある所にピアノのコンサートを聴きに行った私は、自由席だった座席で一目散に「手が見える」席を探したものです。「やっぱり、手が見たい!?(…いやいや)」