
冨田一樹 インタビュー
バッハはオルガン音楽の中心であり、最も高いもの。
全ての音楽がバッハに通じる
2025.01.28 インタビュー
バッハを再確認できた3年間のシリーズ
卓越した技術と飽くなき探究心で、新世代を代表するオルガニストとして幅広い活躍を続ける冨田一樹。ライプツィヒ・バッハ国際コンクールで日本人初の優勝を果たしただけあり、バッハへの情熱とこだわりは人一倍だ。2022年から3年をかけ、バッハの誕生日である3月21日に開催したシリーズ「バッハ・オルガン音楽の美学を巡る」も大好評。この春からは「バッハ後」と「バッハ前」をテーマにした新シリーズ「ヨーロッパ オルガン音楽の伝統と継承を聴く」が始まる。初回は、バッハから大きな影響を受けたメンデルスゾーンとバッハがプログラミングされた。
――「バッハ・オルガン音楽の美学を巡る」では、バッハのオルガン作品を前期、中期、円熟期(後期)の三段階に分けてプログラミングされていました。
冨田(以下T):3つの時期にはそれぞれ特徴があります。前期は、有名な《トッカータとフーガ ニ短調》がいい例ですが、直接的な感情表現が前面に出ている。オルガン作品ばかりでなく、カンタータもそうですよね。逆に後期は論理立てられた理詰めの世界。弾き手も聴き手も集中力を要求されます。そして中期は、直接的な表出と論理性の両方の要素があってバランスが取れている。好きな作品が多いのは中期なんですよ。中期の分岐点を、ハンブルクに行って《幻想曲とフーガ ト短調》を演奏した1720年にしましたが、それでまとまりました。
――シリーズを終えた手応えはいかがですか?
T:前期、中期、後期の性格がよりはっきりした、再確認できたと感じています。 前期から中期にかけては即興が重要です。即興する余地があるし、即興しているように見えるところもたくさんある。バッハの即興は複雑で、だから面白い。即興には頭の回転がいかに速いかが現れるんですが、バッハの頭の回転の速さは尋常ではなかったのだなあと思います。
一方で後期の作品には即興はほとんどなく、論理的な方向に進んでいます。けれどそれは、クリスチャンとして正しい方向性だとバッハは思っていたと思うんですね。この世の万物、ありとあらゆるものを創造した神、その神の法則を分析し、音楽に数学的に当てはめることが面白い、と思っていた節があります。
オルガン音楽の中心、バッハに通じる道を指し示す
――春からは、バッハとその前後をテーマとした新しいシリーズがスタートします。第1回はバッハ後ということで、バッハとメンデルスゾーンがテーマですね。
T:ええ。バッハの後で、バッハに近しく重要な作曲家であり、かつオルガン作品も書いている作曲家ということでメンデルスゾーンを選びました。《マタイ受難曲》の蘇演を行ったことからも明らかなように、メンデルスゾーンにはバッハへの憧れがあります。そして早くからオルガンに興味があり、色々な作品を書いているんです。
他にもレーガーなど、特にポリフォニーという面でバッハと密接な作品を書いている作曲家はいますが、レーガーだと規模の大きな作品が多くて取り上げるのが難しいのと、住友生命いずみホールの繊細なオルガンにはちょっと合わないかと。そういう点でも、メンデルスゾーンがふさわしいと思いました。
今回取り上げる《6つのオルガン・ソナタ》や《3つの前奏曲とフーガ》は彼のオルガン作品の中では有名ですが、《コラール変奏曲》や《アンダンテ》は14、5歳の若い頃の作品なんですよね。若くして宗教的な作品も書いている。後の作品のようには洗練されていないかもしれませんが、メンデルスゾーンらしさは出ていると思います。《フーガ ホ短調》なども、隠れた名曲ですよね。メンデルスゾーンてこんな曲も作っていたの?という意外性を楽しんでいただければ嬉しいです。
バッハの作品も、前回のシリーズで取り上げられなかった曲を選びましたし、バッハとメンデルスゾーンを並べてご紹介することで、両者の共通性、そして違いを感じていただければと思います。例えば、バッハの音楽の代名詞であるフーガがメンデルスゾーンに受け継がれ、どう発展していったか。2人は1世紀以上離れているわけですが、時代的な違いも面白く見えるポイントではないでしょうか。
――シリーズの2回目は、バッハとそれより前の作曲家を取り上げるご予定と伺いました。
T:そうなんです。まだプログラムを全て決めたわけではないのですが、バッハの作曲技法を辿るという観点から言えば、外せないのは北ドイツで影響を受けたブクステフーデですね。あと、バッハの兄の師であり、バッハ一族と直接に関係が深いパッヘルベル。パッヘルベルはオルガン作曲家としてもっと評価されていいと思います。
――オルガン音楽の作曲家が大勢いる中で、バッハの位置付けをどのようにお考えですか?
T:オルガン音楽の中心であり、最も高いもの、と言えるのではないでしょうか。全ての音楽がバッハに通じる、ということは言えます。バッハを中心とした道の一つ一つを指し示せるような、そういう位置付けができると思います。
――住友生命いずみホールのオルガンの魅力を教えてください。
T:日本に数あるオルガンの中でも特に優秀な楽器の一つだと思います。特に関西のオルガンでは、音色の美しさでは一番ではないでしょうか。先ほども触れましたが、とても繊細な音色です。バッハのポリフォニーを弾く上で難しい点もあるのですが、3回のシリーズを通じて解決策を見出すこともできましたので、これからもこの楽器を演奏できるのが楽しみです。
――いずみホールは、バッハ関連のコンサートも多く、オルガンコンサートも好評で、他のホールよりお客さまがバッハに親しんでいると感じます。
T:はい。バッハを演奏する上でアカデミックなホールですよね。お客様のクオリティにふさわしいものを提供したいです。
――バッハはマルチタレントでした。冨田さんも、オルガン独奏にとどまらず通奏低音、編曲、作曲など、幅広い活動を展開していらっしゃいます。
T:そうですね。オルガニストの中ではマルチにやっている方かもしれません。職業としては「演奏家」ですが、演奏するためには編曲をたくさんやらなければならなかったりします。現場主義ですよね。 バッハも作曲や編曲など、「現場」に合わせて活動していた人だったと思います。自分も、同じような道を辿っているのかもしれません。
ジュピター210号掲載記事(2025年1月20日発行)
プロフィール
パイプオルガン
冨田一樹
大阪音楽大学オルガン専攻を最優秀賞を得て首席で卒業。同大学音楽専攻科オルガン専攻を修了。リューベック音楽大学大学院オルガン科修士課程を最高得点で修了。オルガンをアルフィート・ガスト、古楽をハンス・ユルゲン・シュノールの各氏に師事。 ライプツィヒ第20回バッハ国際コンクールオルガン部門で日本人初となる第一位と聴衆賞を受賞。「咲くやこの花賞(音楽部門)」「音楽クリティック・クラブ賞(奨励賞)」「坂井時忠音楽賞」「2023年度(令和5年)大阪文化賞」等を受賞。ドキュメンタリー番組「情熱大陸」(2016年12月)に出演。2024年4月から神戸女子学院非常勤講師。(一社)日本オルガニスト協会会員。
公式HPプロフィール
音楽物書き
加藤浩子
東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院博士課程満期退学(音楽史専攻)。主にバッハを中心とする古楽およびオペラについて新聞、雑誌その他に執筆、また各所カルチャーセンターなどで講演活動を行う。著書に『今夜はオペラ!』『ようこそオペラ』『バッハへの旅』『バッハ』『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』『ヴェルディ』『オペラでわかるヨーロッパ史』『音楽で楽しむ名画』『オペラで楽しむヨーロッパ史』など。最新刊は『16人16曲でわかるオペラの歴史』(平凡社新書)。
関連公演情報
- 冨田一樹プロデュース
ヨーロッパ・オルガン音楽の伝統と継承を聴く
Vol.1 バッハとメンデルスゾーン - 2025.3/21(金) 19:00
【出演】 冨田一樹(パイプオルガン)
【曲目】
F.メンデルスゾーン:
プレリュードとフーガ ハ短調 op.37-1
コラール変奏曲「全能の神のみわざは大いなるかな」MWV W8
フーガ ホ短調 MWV W24
アンダンテ ニ長調 MWV W6
オルガン・ソナタ 第2番 ハ短調 op.65-2 MWV W57
J.S.バッハ:
プレリュードとフーガ ト長調 BWV541
コラール幻想曲「われ汝に別れを告げん」BWV735
トリオ・ソナタ 変ホ長調 BWV525
コラール「最愛なるイエス、われらここに集いて」BWV731
プレリュードとフーガ ホ短調 BWV548「楔」
【料金】一般 ¥4,000 フレンズ ¥3,600 U-30 ¥1,000
【後援】大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事館/ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川
