いずみホール・オペラ2026 ジュール·マスネ《ウェルテル》の魅力
2026.05.22
佐藤正浩(指揮/プロデュース)によるフランス・オペラの魅力をお届けするシリーズ。第2回はマスネ《ウェルテル》を取り上げます。美しく抒情的な音楽が、繊細な心理劇を彩り、描き出す名作オペラ。この作品の魅力に迫ります。
危険な原作、そして危険なオペラ
パリだけでも千数百回の公演が記録されているマスネ《ウェルテル》。だが、歴史的にはこの題材、危険な色合いがまとわりついていた。
マスネは1887年3月に作曲を終えたが、ウィーン宮廷歌劇場でドイツ語訳による初演が実現したのは5年後の92年2月で、フランス語版がパリのオペラ・コミック座で初演されたのは、さらに1年後だった。スコアの完成後、オペラ・コミック座の支配人レオン・カルヴァロは、内容が陰鬱すぎるといって上演を渋ったのだ。
そもそもゲーテの原作『若きウェルテルの悩み』が、1774年の刊行直後から危険な悪書のレッテルを貼られた。ライプツィヒでもフランクフルトでも、非難されたうえ販売禁止などの措置がとられ、イタリアでは聖職者たちが買い占め、民間には1冊も渡らなかったという。「愛のために人は死ねる」という内容が、自殺を禁じるキリスト教や当時の社会への異議申し立てと受け止められたからだ。
実際、恐れられただけの影響力が原作にあった。当時の若者たちは、青い燕尾服に黄色いベストというウェルテルの出で立ちをまねて、失恋や社会との軋轢を理由に自殺まで模倣するに至った。現代なら、SNSによる強烈なメッセージにでも譬えられようか。
マスネが決断するまで、オペラや戯曲になってもほとんど無視されたまま1世紀余りがすぎたのは、このテーマがなおも危険な力を秘めていたからだろう。では、いまは危なくないのか。マスネが音楽に込めた着想が、「いずみホール・オペラ」のようなすぐれた演奏で生々しく解き放たれれば、いまも危険に違いない。まずは物語を確認しておきたい。
死によって完結する愛
1780年代の7月。妻を亡くした大法官が子どもたちにクリスマスの歌を教えていると、友人が誘いに現れる。今晩は舞踏会で、大法官の長女シャルロットは婚約者アルベールが不在なので、ウェルテルがエスコート役だ。子どもたちの世話をするシャルロットにウェルテルは一目ぼれする。その間にアルベールが帰郷し、シャルロットの妹ソフィーは「姉の愛は変わらない」と伝える。舞踏会から2人が戻り、ウェルテルは愛を告白するが、大法官が「アルベールが戻っている」と伝える。ウェルテルが絶望して幕が下りる。
第2幕は同じ年の9月の日曜日。結婚したシャルロットとアルベールが教会から出てくるのを見て、ウェルテルは苦しむ。ソフィーに好意を示されても上の空で、シャルロットに変わらぬ愛を訴えて拒まれる。しかし、心の底ではウェルテルへの思いが消えないシャルロットは、「クリスマスに戻ってきて」と告げてしまう。ウェルテルは死への思いをソフィーに伝えて去る。
第3幕はクリスマスイヴ。シャルロットはウェルテルの手紙を読み返して悲しみ、ソフィーも慰める術がない。そこにウェルテルが現れ、オシアンの詩に託して心中を伝える。彼に一瞬身をまかせるシャルロットだが、すぐに理性を取り戻し、絶望したウェルテルは走り去る。帰宅したアルベールは動揺した妻を不審に思い、続いて「拳銃を貸してほしい」というウェルテルの伝言を読み、彼のもとへ拳銃を届けさせるよう妻に命じる。
第4幕では間奏曲に続き、シャルロットはウェルテルの家に急行するが、彼はすでに血まみれだった。子どもたちのクリスマスの歌が聴こえるなか、彼女の胸に抱かれてウェルテルは息絶える。
より先鋭化された原作の力
マスネの回想では、1886年に楽譜出版のアルトマンとバイロイトに行った帰路、原作の舞台ヴェツラーに立ち寄り、アルトマンから渡された小説を読んで、「情熱的な物語に心を奪われて恍惚とし、涙が浮かんだ」そうだ。実際には、80年には作曲の意志が芽生え、構想から完成までに7年もかけている。しかし、原作に心を奪われたというくだりはその通りなのだろう。
台本作家にはアルトマンのほか2人の名が並ぶ。その台本を、原作から逸脱しているように評する向きもあるが、むしろ原作に込められた力が、オペラではより先鋭化されたと筆者は感じる。
原作がオペラと違う点をざっと記そう。シャルロットと死んだ母との間にアルベールと結婚する約束はない。結婚は彼女が選択し、ウェルテルに心の隙を見せたりもしない。アルベールはウェルテルがなぜ拳銃を求めたか知らない。ウェルテルは死に目にシャルロットに会うことなく孤独な死を遂げる。対してオペラでは、シャルロットの気持ちはウェルテルにあり、夫はそれを知っていればこそ、冷酷にも彼のもとへ拳銃を届けさせる。ソフィーも含め全員が悲劇の渦から逃れられない。
豊かな着想があふれる音楽
人物が悲劇をテコに緊密に影響し合うことで、音楽の着想も豊かになったと思われる。
第1幕の間奏曲「月の光」と、続くシャルロットとウェルテルの対話は、このうえなく親密で儚く、彼らの愛を象徴する主題としてその後も顔を出す。第2幕、結婚した2人を見たウェルテルの激しい独白は、苦渋に満ちた感情の高ぶりが生々しい。みずからを放蕩息子に譬えての独白も、当たり前の幸福が得られない男の苦悩が深く満ちる。
第3幕では長大なモノローグ「手紙の歌」で、シャルロットは転調を重ねながら揺れる心模様を描写。現れたウェルテルは、2人の思い出の「オシアンの歌」を悲痛な情熱を込めて歌い上げ、彼女は一瞬気持ちをもっていかれる。そして第4幕、ウェルテルの死を前に、二重唱でようやく2人の心は重なる。
魂に呼応した音楽がもたらす悲壮感や陰鬱さ。それは低音の金管や木管楽器を多用した暗めの色調を得て、ドラマにいっそうの迫真性をあたえる。麻薬のように危険な美として、聴き手の心を揺さぶる。
このシリーズの前作、ビゼー《真珠とり》では、指揮の佐藤正浩が旋律美に色彩を添えつつ、独特のリズムや劇的な表現を鮮やかに浮上させた。いずみホールの規模と音響のよさが最大限に生かされ、すぐれた歌手たちの声の魅力も弱音まで堪能できた。
今回もマスネの音楽が立体的に再現されるに違いにない。すると、原作を読んで「心を奪われて恍惚とし、涙が浮かんだ」マスネ以上に、私たちが危険な感情移入を強いられるのは必至だろう。

前回のいずみホール・オペラ ビゼー《真珠とり》(2024/8/31) ©樋川智昭
佐藤正浩(指揮/プロデュース)メッセージ

私のプロデュースオペラとして、前回はビゼーの《真珠とり》を上演しましたが、お楽しみいただけたでしょうか。今回はマスネの《ウェルテル》をお聴きいただきます。同じフランスオペラでも、ビゼーの音楽は力強く、情熱的、写実的であるのに対し、マスネの音楽は優美、繊細、情緒性が特徴です。死や絶望を思わせるニ短調の重苦しい和音で始まりますが、第1幕の儚い夢のような「月の光」や、第3幕で歌われるオシアンの歌「何故私を目覚めさせたのか」などは、甘美で流麗なメロディーがあまりにも美しく、シャルロットの「手紙の歌」では震える心の心理描写が克明に表されます。また官能的でもある死を前にした2重唱や、全部で9曲にも及ぶアリアの数々と、聴きどころは満載。現代最高の歌手に集結していただけましたので、聴き逃すことの出来ない公演になること間違いなしです。どうぞ8月はいずみホールに足をお運びください。
※ジュピター218号掲載記事(2026年5月14日発行)
プロフィール
Toshi Kahara
香原斗志
音楽評論家、オペラ評論家。早稲田大学卒業。オペラ等の声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。日本ロッシーニ協会運営委員。近著に『魅惑のオペラ歌手50』(アルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔も持ち、近著に『教養としての日本の城』(平凡社新書)など。
関連公演情報
- 【佐藤正浩プロデュース いずみホール・オペラ 2026】 ウェルテル
【日時】
2026年 8/8 (土) 14:00
【出演者】
佐藤正浩(プロデュース/指揮)
ウェルテル:宮里直樹(テノール)
シャルロット:池田香織(メゾソプラノ)
アルベール:甲斐栄次郎(バリトン)
ソフィー:石橋栄実(ソプラノ)
大法官:妻屋秀和(バス)
ジョアン:内山建人(バリトン)
シュミット:岡村武琉(テノール)
ケートヒェン:久光美早紀(アルト)
ブリュールマン:磯本龍成(テノール)
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
岸和田市少年少女合唱団
【曲目】
J. マスネ:《ウェルテル》
全4幕 演奏会形式/フランス語上演・字幕付
舞台監督:松岡敬太(ザ・スタッフ)
照明:原中治美
【料金】※発売中
一般 S ¥13,000 A ¥10,000 U‐30 ¥6,000
フレンズ S ¥11,700 フレンズ A ¥9,000
【プレイベント開催】
《ウェルテル》をよりお楽しみいただくための、佐藤正浩によるトークイベントを開催します。
公演チケットをご購入いただいた方が対象です。
8/3 (月)17:00〜