ベートーヴェンピアノ・ソナタ全曲シリーズ 始動 ピアニスト鈴木愛美インタビュー

ベートーヴェンピアノ・ソナタ全曲シリーズ 始動 ピアニスト鈴木愛美インタビュー

2026.06.02 インタビュー

住友生命いずみホールの2026年度テーマ『走りだす、ベートーヴェン』の一環で、2027年にかけて2年間にわたり「彗星8つの軌道 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲シリーズ」が開催される。登場する8人のピアニストのうち、トップバッターとして出演するのがピアニストの鈴木愛美だ。昨今あらゆるコンクールで実績を残し、若手ピアニストの筆頭となった鈴木にインタビューし、ベートーヴェンを演奏することの意義やピアニストとしてのこだわりを伺った。

ずっとピアノを弾いていけたら幸せ

ピティナ・ピアノコンペティション特級、日本音楽コンクール、そして浜松国際ピアノコンクール──。わずか2年の間に3つの大舞台で第1位を獲得して〝彗星〟のごとく現れ、輝きを放つピアニスト・鈴木愛美。
「特に浜松国際ピアノコンクールでの受賞後、たくさんの方にピアニストとして認知していただけるようになり、目に見えて本番の数が増えました」
と語るその表情は、充実に満ちている。

その一方で
「変わらず練習はたくさんしますが、たまにたくさん寝てしまい、一日の終わりに後悔することもあるんです(笑)」
と語る素顔は天真爛漫で、華やかな実績からはギャップもある。かつては兄弟の影響で野球に憧れたり、好きな教科も体育だったりするなど、意外な一面も持ち合わせているようだ。

本人曰く、「私は演奏でうそがつけないんです」。
その言葉通り、彼女が紡ぎ出すのは端正で純朴な美音。そんな音色に魅せられている聴衆が、いま増えている。

鈴木がピアノを始めたのは4歳のとき。兄と一緒にお稽古事の一つとして習い始めた。最初は専門的な道に進むことは考えていなかったが、
「いつしかピアノに触れることに楽しさを感じるようになり、何より自分に合っていると思った」。

そんな純粋なピアノへの想いは歳を重ねても変わらず、
「ずっとピアノを弾いていけたら幸せだな」と自然と音楽の道を意識するようになった。

その後、大阪府下の公立で唯一音楽科が設置されている夕陽丘高校に進学した。そして高校3年時、東京音楽大学の夏期講習で後の師匠となる石井克典氏のレッスンを受講。
「絶対にこの先生に習いたい」と感じ、ピアノへのひたむきさゆえに、その足で石井氏に師事することを申し出るほどの行動力をみせた。

「無事に東京音楽大学に入学後、石井先生にはまるで家族のような距離感でたくさんのことを教わることができました。ピアノのことはもちろん、レパートリーの選び方、常に新しいアプローチで音楽と向き合うことの大切さ……。修士課程2年目となり、コンクール受賞を経験した今も、身近な場所で見守ってくださる存在です」

親近感を覚えるシューベルトと、偉大な存在であるベートーヴェン

そんな鈴木愛美が東京音楽大学在学当時から大切にしてきたのは、作曲家・シューベルトだ。その理由を聞いてみると、近年の華々しい活躍や天真爛漫な一面とは違った顔が見えてきた。

「シューベルトのことが好きになったきっかけは、大学生のころ、当時読んでいた本に関連してリート作品を聴いたことでした。彼のリートには、魔力があると思っていて。気楽なおしゃべりではとても打ち明けられないような、人の心の奥底にある闇を音楽で表現できる作曲家。短命で体が弱かったことから死の匂いを発しつつ同時に生への執着もある。その根底には〝孤独〟があると思っていて、おこがましくもそこに共感してしまうんです」

一方で、そんな鈴木がこの夏に取り組むのは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタだ。シューベルトに共鳴する鈴木は、生命力やたぎるようなエネルギーを秘めるベートーヴェンにどんな印象を持っているのだろうか。

「実は、昔からベートーヴェンも好きなんです。シューベルトもベートーヴェンに憧れていたとは思うのですが、性格も音楽もまったく異なる2人だと思います。ベートーヴェンの音楽には生命力が溢れていて、パーソナルな側面の多いシューベルトに対して、もっと大きなものを音楽で表現しているように思います。どちらも違った意味で偉大な存在ですね」

演奏するのは、若き日のベートーヴェンが書いた第4番や第5番、「ソナチネ」で知られる第20番、そして「後期三大ソナタ」のうちの1曲である第32番だ。

特に第32番は、聴力を失った晩年に書かれたことから、ベートーヴェンという一人の作曲家の深淵を垣間見られる作品でもあるだろう。鈴木はベートーヴェンやピアノ・ソナタ第32番を「手の届かない存在です」とし、ゆっくりと言葉を選ぶようにこう語る。

「この作品に初めて取り組んだのは、18歳のころでした。当時は『まだはやい』と考えていたのですが、石井先生に『この作品は一生をかけて勉強していくべきものだから、10代のうちに弾いておいた方がいい』と言われて。そこから何度も舞台で弾いてきましたが、それでもとても簡単な気持ちで弾ける作品ではないと思っていますし、わかった気になっているのもおこがましいくらい。まずは今の自分の等身大で真摯に向き合うことが大切なのかなと思います」

人間の普遍的な真理を描き出すクラシック。魅力を体現できる演奏がしたい

等身大の姿の内側に、ベートーヴェンという偉大な存在への敬愛と、内省的なシューベルトへの共感があり、音楽への深い眼差しを宿す鈴木愛美。そんな彼女が憧れるピアニストは、ラドゥ・ルプーとクリフォード・カーゾンだという。

「今、音楽は聴こうと思えばスマートフォンやサブスクリプションサービスで聴けますし、物も何でもすぐに早く手に入る時代ですよね。でも、彼らの演奏には『すぐに手に入る』ようなスピード感で語ることはできない、とてつもない深みがあるような気がしていて。そもそもクラシック音楽が時代や国境を超えて受け継がれてきたのは、人間の中の普遍的な何かに触れることができるからだと思っています。私もそんな魅力を伝えられるよう、彼らのような演奏ができるようになりたいです」

彼女が師匠から与えられた「一生の宿題」は、彼女からかねてより憧れてきた住友生命いずみホールで披露される。

「一度住友生命いずみホールで演奏したとき、舞台に立った瞬間に独特の重みを感じました。響きも素晴らしく、これまで数々の名演奏家たちがこの場所で演奏してきたのだと思うと、背筋が伸びます。今回演奏するベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番は、きっと一生取り組んでいくことになるため、叶うことなら何十年後にまた住友生命いずみホールで演奏したいですね。そのためにも、今だからこそ弾けるベートーヴェンを大切にお届けしたいと思います」

※ジュピター218号掲載記事(2026年5月14日発行)

プロフィール

Manami Suzuki

鈴木 愛美

2002年大阪府生まれ。大阪府立夕陽丘高等学校音楽科を経て、東京音楽大学器楽専攻を首席で卒業。現在、東京音楽大学大学院修士課程に在学中。 2024年第12回浜松国際ピアノコンクールにて日本人初となる第1位、および室内楽賞、聴衆賞。2023年第47回ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリおよび聴衆賞。2023年第92回日本音楽コンクールピアノ部門第1位および岩谷賞(聴衆賞)。2025年度大阪市「咲くやこの花賞」受賞。

プロフィール

Moe Kuwada

桒田 萌

大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウンドメディアの編集・制作を行いながら、音楽雑誌や音楽系Webメディア、音楽ホールの広報誌などで、アーティストインタビューやコラムの執筆を行っている。

関連公演情報
彗星 8つの軌道
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲シリーズ 2026-2027
【Vol.1】鈴木愛美(ピアノ)

【日時】
2026年 7/23 (木) 19:00

【金額】
一般 ¥4,000 U‐30 ¥1,500 フレンズ ¥3,600 

【出演者】
鈴木愛美(ピアノ)

【曲目】
ピアノ・ソナタ:
第5番 ハ短調
第20番 ト長調《ソナチネ》
第4番 変ホ長調
第32番 ハ短調

公演情報はこちら
彗星 8つの軌道<br>ベートーヴェン  ピアノ・ソナタ全曲シリーズ 2026-2027<br>【Vol.1】鈴木愛美(ピアノ)
関連公演情報
住友生命いずみホール
2026年度 主催公演メイン企画
走りだす、ベートーヴェン

【走り出すベートーヴェン】
・6/30 (火)「小菅 優いずみ室内楽シリーズ Vol.3 希望」
・2027/1/16 (土)山田和樹指揮「プロフェッション・シリーズVol.1」
・2027/2/10 (水)「ゲヴァントハウス弦楽四重奏団」

【彗星 8つの軌道 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲シリーズ 2026-2027】
・12/10 (木)「Vol.2 アブデル・ラーマン・エル=バシャ」
・2027/1/26 (火)「Vol.3 ソン・ミンス」

公演情報はこちら
住友生命いずみホール<br>  2026年度 主催公演メイン企画<br>走りだす、ベートーヴェン